ファミリープロミス    ほっ!と一息家族エピソード

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2019年02月07日    ※イラストはイメージです

故郷力

9-0936f.png 故郷を離れて70年近い両親。それでも故郷への愛着はひとしおで、春、夏の高校野球が始まる頃には、今年はどこが選ばれるかとわくわくしている。

 母は野球なんてさっぱりわからず、プロ野球にも関心がないのに、高校野球の季節になると故郷が近く感じられるのか、うれしそうだ。故郷県勢が出る時だけは楽しみにしてずっとテレビを見、ルールもわからないのに一喜一憂しているのだから可愛くなってくる。そして両親互いに話が弾む。70年近く住む今の町より、故郷を応援しているのだから、「故郷力」って凄いなあと感心する。

 特に生まれ故郷に近い高校だとさらに力が入る。さてさて今年も春の高校野球が近づいてきた。故郷県が強いと両親も幸せになる。だから私も両親の故郷県にエールを送る。両親の楽しみが長く続くようにと、勝利を重ねていくのを祈りつつ、心から応援する私。

 話題が盛り上がる高校野球の季節を、みんなで心待ちにしている。

(60代・女性)
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2019年01月28日    ※イラストはイメージです

初めての収穫

1237732.jpg 庭でやっている小さな菜園のミニ大根やカブが成長し、元気を見せる葉はおろか地上にひょっこりと白い胴体も見せるようになった。そこでちょうど帰省中の孫に抜かせてはどうかと耕作者の爺から提案があり、やってみようということになった。

 早速長靴姿で菜園に入ってかがみ込み、「ほれ、これ」と爺が指さす成長株を引っ張る。最初はコツが飲み込めず葉だけむしるようになったが、「ほれ、ここ」と箇所を指定し爺が手を添えて力の入れ具合を教えると、見事に抜けた。

 すると珍しそうに眺めたあと手でかざして見せ笑顔でポーズをとる。そこをすかさずパチリとパパが写真に撮る。要領を覚えると一人で抜き始め、そのたびにかざして見せる。拍手が起きているところをまたパチリ。賑やかな収穫祭になった。

 十本ほど抜いたところで、食べきれないからということになり終わった。「どうだった」「たのしい」、「上手に抜けたね」「うん」、「みんなで食べようね」「おいしいよ、これ」などと会話も弾む。

 三歳で収穫体験とはうらやましい限りだが、育てている爺にお礼を言おうねとママから教えられると近寄って行き「ありがと、じいじ」と頭を下げる。体験の場とともに教育の場でもあると思った。よい時間になったと思った。

(60代・女性)
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家庭円満の秘訣

1054068.jpg 妻は自分の価値観をルールとして家族に押し付ける癖がある。そのために職人気質な息子と意見が対立する事が多々ある。そんな時は私がいつも調停役を務める。私の実家は父が妻と同じく自分が法律の如く家を仕切っていた事で、家の雰囲気が暗かった。そんなことから、妻が父の様にふるまえば自然と私が母親役となる。

 私は一人っ子で育った為に子供に甘い傾向にある。そんな事から夫婦の役割が逆転した様にも見受けられる。子供を育てるには厳しい父親と優しい母親の両輪で愛情を持って育てれば、子供は道を間違える事なくまっすぐに育つ。夫婦2人共強い父親だと子供は委縮してしまうし、2人が優しい母親でも子供は甘え社会では通用しなくなってしまう。

 私も定年前の会社では厳しい管理職として部下から一目置かれていたが、環境が変われば変われる物である。仕事以外は家事、家計を一切妻に任せ昼行燈でいる私だが、妻には決められない重要な決定事項やトラブル解決の時は私が家長の役目をする。それが我が家の家庭円満の秘訣である。

(60代・男性)
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父のカツラ

012086.jpg 父が大事そうに箱を抱えて帰宅したあの夜の『騒動』は、今も鮮やに蘇るが、ちょっと心が痛む。「何が入ってるの」と聞いてもニヤニヤして答えない。中身を取り出した時、私と母は叫んだ。カツラだった。ヘラヘラ笑っている母娘をおいて父は隣室に消えた。

 数分後に現れた父を見て、母娘は抱腹絶倒。突然若返った父が立っていたのだ。笑いが収まった時私達は言った。「気持ち悪い」。父は残念そうにカツラを脱いだ。一瞬にして五十歳を目前にした父が戻った。「ダメか」と父が呟く。「今からカツラにしたら落差が大きすぎる」「一旦かぶったら、もう脱げないよ。帽子みたいなわけにはいかないよ」「社内旅行の時どうすんの」「風吹いても大丈夫?」。母と娘は言いたい放題。父はしぼんでしまった。

 父が人生でも最大と思える勇気を出して誂えた超高級カツラは、人目に触れることなく、頭に乗せたのは、後にも先にもその日の数分だけだった。人知れず禿げた頭を悩んでいたことを思い知らされた夜。笑い転げたことを後に悔やんだ。

 あれから40年余り。真白になったわずかの髪を、毎日いたわるようにときつけている。頭は顔に馴染み、年々いい顔になった。

 父はあのカツラをどこへやってしまったのだろう。あの日の照れた父、若返って現れた父を思い出す。今更詫びの言葉は言えないけれど、笑い飛ばして悪かった。その父は91歳を生きている。

(60代・女性)
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2018年12月09日    ※イラストはイメージです

結婚の足固め

 息子の婚約者の就職が内定した。公務員試験に合格して来年からは県の職員となる。実の子供2人の就活は、希望する会社の業務内容が子供時代の将来の夢と一致して実習に通い人柄と熱意が認められ会社からスカウトされた形で入社できたのでドキドキ感は一切なかったが、今回は難関な公務員試験なので結果が心配で仕事中も心ここにあらずだった。

953952.jpg 息子が仕事から帰宅すると満面の笑みだった事で結果は聞くまでもなかった。息子も合格の嬉しさを爆発させていた。翌日彼女が我が家を訪れ「無事合格しました。応援してもらいありがとうございました」と挨拶された。私の息子にはもったいないほど出来た娘さんである。娘さんの御両親も息子との結婚は認めてくれている。この娘さんなら私譲りな我儘で気難しい息子を上手に操縦できると以前から確信していた。

 なんせ妻の旧姓と同じ苗字。私の苗字も珍しいが妻の旧姓も珍しい苗字。私と妻が出会った様に2代続けて珍しい苗字同士が結ばれるのも運命かな。息子は結婚に備え給料から毎月貯金をしている。仕事も上司に信任を得て日に日に男として責任感がでてきた。

 来年こそは結婚したいがまず彼女の仕事が落ち着いたらと考えている様だ。まだ22歳、強い絆で結ばれてるなら慌てる必要もない。息子も先日猛勉強して国家試験を受験した。就活と試験も終わり今が2人の一番楽しい時だろう。私たち夫婦の長所、短所をアレンジして理想の家庭を築いて欲しい。

(60代・男性)
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たまご

 卵がパックで売られるようになったのはいつごろからだったろう。

 子どもの頃、卵屋さんにはもみ殻の上に卵が並んでいた。そして必ず電球がぶら下がっていた。客が選んで差し出した卵を、店主は1個1個丁寧に電球にかざし、卵の中身を検査していた。「一体何が見えるのだろう」。幼い私はいつも興味津々だった。店主がそんな『儀式』を行っている間、母は黙って見守り待っていた。「悪い卵じゃないか調べてくれているのよ」と教えてくれた。

 儀式が終わると、店主は、三角折りした新聞紙の中に、一個一個丁寧に入れて、最後に包み込んで手渡す。こんな包装でも卵が割れたことはなかった。母は新聞に包まれた卵を大事に市場かごに入れた。

767111.jpg 私はこの『儀式』を眺めるのがすきで、母と買物に行く時には「今日は卵買うの?」といつも聞いていた。あの頃卵は貴重品。せいぜい買っても数個。

 帰宅して市場かごから卵の入った新聞紙をそっと取り出す母。そしてその日は卵料理が食卓に上がる。冷蔵庫もない時代だから即使う。

 卵を電球にかざしたら、私には懐かしい昭和30年代が映し出されてくる。

(60代・女性)


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プレゼントは同じ本で

 下の孫のお誕生日が近いはずと思い電話をすると、やはりそうだった。何がいい?と聞くと、本人に相談してみるということになった。待っているとお兄ちゃんから連絡があり、「ばあばが贈ってくれるものなら何でもいい」ということだった。

949678.jpg 却って悩みは深くなる、と思いつつ、ついでだからとお兄ちゃんならプレゼント何がいいかな、と聞くと、すかさず「ぼくならじいちゃんがぼくの歳のときに読んでいた本」ときた。なんて気が利いたことを言う孫、と思った。

 電話を置いたあと考え込んだ。じいちゃんならずとも私がそう言われたら何の本になるのかな、だった。記憶を巻き戻してみた。「ぐりとぐら」がすぐに浮かんだが、これはわが娘に読んであげた本だ。なら「ももたろう」や「かさじぞう」になるのかなと思ったが、何となくどうかなあと思わせる。

 そうだ、行って見るしかない、と思い、久しぶりに本屋に出かけた。出会った友人から「本がいいなんて言う孫、素晴らしいじゃない」と言われた。さあ、力を入れて探さなくてはと思った。嬉しい悲鳴の一種と思った。何冊か贈ってやろう、でも読んであげるママの方も大変だな、とちょっぴり思った。

(60代・女性)
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2018年11月30日    ※イラストはイメージです

見えないことと見ないこと

623582.png先日の人間ドックで両目の視力を計ってもらったら、0.1以下と言われた。メガネを外すと、本当に見えないなあとは思っていたが、ここまでとは。

そこで、視力回復を目指して、『視力がどんどん良くなる』本を購入したり、遠くの緑を見るようにしている。遠くの緑を見るようになって、メガネを外して生活する時間が増えてきた。子供の幼稚園の送り迎えは運動を兼ねて徒歩で行く。その時もメガネを外し、なるべく遠くを見ている。

今では仕事と運転の時以外はメガネを外して生活している。視力が良くなってきたかと言えば、残念ながら全く実感はない。しかし、嬉しい副産物があると気が付いた。

あまり細かいものを見ないということは、部屋の隅にたまったほこりや、他人の目を気にしすぎなくてよい。なんとなく向こうが頭を下げているようなら、それに合わせて頭を下げるし、通り過ぎる人の反応を気にせず、誰かれなく挨拶することができる。

視覚の情報が少ないと、自分の殻に閉じこもって、心置きなく妄想にふけられる。つけっぱなしのテレビも、メガネを掛けてでも見たい情報は、ほとんどないことに気が付いた。

と言うわけで、メガネを外す生活が定着してきた。長年かけてきたメガネがないと、友人は最初驚くが、「若く見えるよ!」と概ね好評だ。これで少しでも視力が回復してくれれば、万歳である。

(30代・女性)
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2018年11月07日    ※イラストはイメージです

30年ぶりのラブレター

10月25日は結婚記念日。以前は仕事から帰宅し子供たちから突然「おめでとう」と祝福されても、私は結婚記念日だった事も忘れ「給料日ってそんなにめでたい日?」と言ってしまい妻や子供たちに呆れられた恥ずかしい過去もある私であったが、今年は事前に息子にプレゼンを頼んでおいた。

息子から娘に「お父さんのプレゼントでお母さんが喜ぶものは何?」と相談を受けた娘が「お父さんもやっと成長したね」と感心されつつ妻に喜ばれるプレゼントを用意した。

publicdomainq-0012589tsi.jpg結婚記念日当日、明日仕事が休みで夕食時帰省した娘が「結婚記念日おめでとう」と書いてあるケーキを持参して祝ってくれた。妻は「ありがとう。でもお父さんは絶対忘れてるよね」と私の方を見た時、満を持してそのプレゼントを渡した。

今回のプレゼントにはいつもと違い私の妻への感謝を込めた手紙もいれておいた。だが記念日が過ぎ何日経っても妻から手紙の事は何にもふれてこない。「おかしいな。読んでいないのかな?」と思い妻の寝室に行くと義母の遺影のそばに大事そうに私の手紙がしまってあった。

今まで恥ずかしくて言えなかった言葉を妻が受け止めてくれていた事がうれしかった。夫婦って他人同士なのに何でこんなに絆で結ばれているのだろう?今まで当たり前だと思っていた事が本当はすごく有難い事だったと、この年齢になってやっとわかった気がした。

(60代・男性)
posted by ファミリー・プロミス at 13:49 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月06日    ※イラストはイメージです

引っ越し

387371.png引っ越しを宿替えと言ってた時代、私は小学生。引っ越しが決まれば、全て手作業、自前で準備。知り合いにトラックの手配、手伝ってくれる友人知人の手配。母が連日、ありったけの新聞紙で割れ物をくるみ、布団袋に布団を詰める。母の段取りは抜群で最後の最後まで、何一つ不便、不自由することなく、それでいて荷物はきれいに片付いていった。

ところが、引っ越し日が近づくに連れて、台風接近という想定外の不安が押し寄せてきた。母は毎日ラジオを聞きながら台風情報に合わせて荷造りを進めていた。逸れてほしい、との願いも空しく、台風は予定日を直撃し引っ越しは延期。嵐の中で何を食べ、何をして過ごしたのか記憶にないが、部屋の異様な雰囲気が思い出される。

停電の中でろうそくを灯していた事、父はいつも帰りが遅くて一緒に過ごす機会など滅多にないが、台風と引っ越しのお蔭で、ほぼ1日中家族一緒にいたうれしさ。暴風の不安の中で、幼心に家族の絆みたいなものをうっすらと感じていたような。殺風景な室内で妙に充実感があった。

翌日、父の友人が手伝いに来てくれた。いつもと違う時間の経過に、引っ越しというイベントにとても心が弾んだものだ。

トラックの荷台に私は家具や荷物と一緒に乗り込んだ。トラックを吹き抜ける風の爽やかな事! 一段落すると、忙中閑をぬって、母が手際よく、引っ越し先の煩雑な中、おいしいそばを作ってくれた。父の友人もおいしそうに食べていた。

引っ越し業者も、コンビニも、スーパーもなく、ただ自分達でするのが当たり前の時代。そんな時代をてきぱきと切り抜け、やりくりしてきた両親に、今更ながら敬服する。

その後幾度かの引っ越しを経験したが、何と便利なことか。時折去来するのはあの、台風一過の引っ越しにはしゃいだ幼い幸せ。友人知人が総出で手伝ってくれた暖かい引っ越し。昭和の古き良き時代の引っ越しを体験していることを、うれしく思う。

(60代・女性)
posted by ファミリー・プロミス at 13:39 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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