ファミリープロミス    ほっ!と一息家族エピソード

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2018年12月09日    ※イラストはイメージです

たまご

 卵がパックで売られるようになったのはいつごろからだったろう。

 子どもの頃、卵屋さんにはもみ殻の上に卵が並んでいた。そして必ず電球がぶら下がっていた。客が選んで差し出した卵を、店主は1個1個丁寧に電球にかざし、卵の中身を検査していた。「一体何が見えるのだろう」。幼い私はいつも興味津々だった。店主がそんな『儀式』を行っている間、母は黙って見守り待っていた。「悪い卵じゃないか調べてくれているのよ」と教えてくれた。

 儀式が終わると、店主は、三角折りした新聞紙の中に、一個一個丁寧に入れて、最後に包み込んで手渡す。こんな包装でも卵が割れたことはなかった。母は新聞に包まれた卵を大事に市場かごに入れた。

767111.jpg 私はこの『儀式』を眺めるのがすきで、母と買物に行く時には「今日は卵買うの?」といつも聞いていた。あの頃卵は貴重品。せいぜい買っても数個。

 帰宅して市場かごから卵の入った新聞紙をそっと取り出す母。そしてその日は卵料理が食卓に上がる。冷蔵庫もない時代だから即使う。

 卵を電球にかざしたら、私には懐かしい昭和30年代が映し出されてくる。

(60代・女性)


posted by ファミリー・プロミス at 11:08 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

プレゼントは同じ本で

 下の孫のお誕生日が近いはずと思い電話をすると、やはりそうだった。何がいい?と聞くと、本人に相談してみるということになった。待っているとお兄ちゃんから連絡があり、「ばあばが贈ってくれるものなら何でもいい」ということだった。

949678.jpg 却って悩みは深くなる、と思いつつ、ついでだからとお兄ちゃんならプレゼント何がいいかな、と聞くと、すかさず「ぼくならじいちゃんがぼくの歳のときに読んでいた本」ときた。なんて気が利いたことを言う孫、と思った。

 電話を置いたあと考え込んだ。じいちゃんならずとも私がそう言われたら何の本になるのかな、だった。記憶を巻き戻してみた。「ぐりとぐら」がすぐに浮かんだが、これはわが娘に読んであげた本だ。なら「ももたろう」や「かさじぞう」になるのかなと思ったが、何となくどうかなあと思わせる。

 そうだ、行って見るしかない、と思い、久しぶりに本屋に出かけた。出会った友人から「本がいいなんて言う孫、素晴らしいじゃない」と言われた。さあ、力を入れて探さなくてはと思った。嬉しい悲鳴の一種と思った。何冊か贈ってやろう、でも読んであげるママの方も大変だな、とちょっぴり思った。

(60代・女性)
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2018年11月30日    ※イラストはイメージです

見えないことと見ないこと

623582.png先日の人間ドックで両目の視力を計ってもらったら、0.1以下と言われた。メガネを外すと、本当に見えないなあとは思っていたが、ここまでとは。

そこで、視力回復を目指して、『視力がどんどん良くなる』本を購入したり、遠くの緑を見るようにしている。遠くの緑を見るようになって、メガネを外して生活する時間が増えてきた。子供の幼稚園の送り迎えは運動を兼ねて徒歩で行く。その時もメガネを外し、なるべく遠くを見ている。

今では仕事と運転の時以外はメガネを外して生活している。視力が良くなってきたかと言えば、残念ながら全く実感はない。しかし、嬉しい副産物があると気が付いた。

あまり細かいものを見ないということは、部屋の隅にたまったほこりや、他人の目を気にしすぎなくてよい。なんとなく向こうが頭を下げているようなら、それに合わせて頭を下げるし、通り過ぎる人の反応を気にせず、誰かれなく挨拶することができる。

視覚の情報が少ないと、自分の殻に閉じこもって、心置きなく妄想にふけられる。つけっぱなしのテレビも、メガネを掛けてでも見たい情報は、ほとんどないことに気が付いた。

と言うわけで、メガネを外す生活が定着してきた。長年かけてきたメガネがないと、友人は最初驚くが、「若く見えるよ!」と概ね好評だ。これで少しでも視力が回復してくれれば、万歳である。

(30代・女性)
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2018年11月07日    ※イラストはイメージです

30年ぶりのラブレター

10月25日は結婚記念日。以前は仕事から帰宅し子供たちから突然「おめでとう」と祝福されても、私は結婚記念日だった事も忘れ「給料日ってそんなにめでたい日?」と言ってしまい妻や子供たちに呆れられた恥ずかしい過去もある私であったが、今年は事前に息子にプレゼンを頼んでおいた。

息子から娘に「お父さんのプレゼントでお母さんが喜ぶものは何?」と相談を受けた娘が「お父さんもやっと成長したね」と感心されつつ妻に喜ばれるプレゼントを用意した。

publicdomainq-0012589tsi.jpg結婚記念日当日、明日仕事が休みで夕食時帰省した娘が「結婚記念日おめでとう」と書いてあるケーキを持参して祝ってくれた。妻は「ありがとう。でもお父さんは絶対忘れてるよね」と私の方を見た時、満を持してそのプレゼントを渡した。

今回のプレゼントにはいつもと違い私の妻への感謝を込めた手紙もいれておいた。だが記念日が過ぎ何日経っても妻から手紙の事は何にもふれてこない。「おかしいな。読んでいないのかな?」と思い妻の寝室に行くと義母の遺影のそばに大事そうに私の手紙がしまってあった。

今まで恥ずかしくて言えなかった言葉を妻が受け止めてくれていた事がうれしかった。夫婦って他人同士なのに何でこんなに絆で結ばれているのだろう?今まで当たり前だと思っていた事が本当はすごく有難い事だったと、この年齢になってやっとわかった気がした。

(60代・男性)
posted by ファミリー・プロミス at 13:49 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月06日    ※イラストはイメージです

引っ越し

387371.png引っ越しを宿替えと言ってた時代、私は小学生。引っ越しが決まれば、全て手作業、自前で準備。知り合いにトラックの手配、手伝ってくれる友人知人の手配。母が連日、ありったけの新聞紙で割れ物をくるみ、布団袋に布団を詰める。母の段取りは抜群で最後の最後まで、何一つ不便、不自由することなく、それでいて荷物はきれいに片付いていった。

ところが、引っ越し日が近づくに連れて、台風接近という想定外の不安が押し寄せてきた。母は毎日ラジオを聞きながら台風情報に合わせて荷造りを進めていた。逸れてほしい、との願いも空しく、台風は予定日を直撃し引っ越しは延期。嵐の中で何を食べ、何をして過ごしたのか記憶にないが、部屋の異様な雰囲気が思い出される。

停電の中でろうそくを灯していた事、父はいつも帰りが遅くて一緒に過ごす機会など滅多にないが、台風と引っ越しのお蔭で、ほぼ1日中家族一緒にいたうれしさ。暴風の不安の中で、幼心に家族の絆みたいなものをうっすらと感じていたような。殺風景な室内で妙に充実感があった。

翌日、父の友人が手伝いに来てくれた。いつもと違う時間の経過に、引っ越しというイベントにとても心が弾んだものだ。

トラックの荷台に私は家具や荷物と一緒に乗り込んだ。トラックを吹き抜ける風の爽やかな事! 一段落すると、忙中閑をぬって、母が手際よく、引っ越し先の煩雑な中、おいしいそばを作ってくれた。父の友人もおいしそうに食べていた。

引っ越し業者も、コンビニも、スーパーもなく、ただ自分達でするのが当たり前の時代。そんな時代をてきぱきと切り抜け、やりくりしてきた両親に、今更ながら敬服する。

その後幾度かの引っ越しを経験したが、何と便利なことか。時折去来するのはあの、台風一過の引っ越しにはしゃいだ幼い幸せ。友人知人が総出で手伝ってくれた暖かい引っ越し。昭和の古き良き時代の引っ越しを体験していることを、うれしく思う。

(60代・女性)
posted by ファミリー・プロミス at 13:39 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月05日    ※イラストはイメージです

そうだ、トレーニング

494604.jpgタブレットを使いこなせるようになると孫の動画の到着がより楽しみになった。今日はないかしらと帰宅するとすぐに操作する。あると夫を呼んで二人で見入る。

その日は園児の運動会だった。数人が並んでスタートに立つ。そしてよーいドン。十メートルも走るとトップに立った。あの子早いわ、の声も入る。息を飲んで見つめていると、二番手をかなり引き離し、最後は両腕をかき回すようにして笑顔でテープを切ったが、その光景になぜかホッとした。脇目も振らず駆け抜ける子でなくてよかったと。楽しんでいる様子が伝わってくる。

が、すぐに待てよ、という思いもした。今競争したら爺婆は負けるのではないかと。以前走り比べをしたときはほんのちょっとの勝利だった。その時も笑みを見せていた。

そうだ、次に会うまでにトレーニングをしなければと思う。連れ立って散歩しながらの急発走にも対応しなければならない。動画を見る限りもはや勝てる気がしない、と夫は言い出している。娘からは年が明けたら帰省すると連絡があった。年甲斐もなくちょっと焦っている。

(60代・女性)
posted by ファミリー・プロミス at 13:21 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月22日    ※イラストはイメージです

初めての壁

小学1年生の長女が現在初めて人間関係の壁にぶち当たっている。

同じクラスの女の子2人に意地悪言われたり、時には娘の物に傷つけたり軽くつねられたりしているようだ。

2か月前に「学校に行きたくない。○○ちゃんと××ちゃんに意地悪されるから」と娘が言って、初めてその事実を知った。

初めはまだ始まったばかりの小学校生活で向こうの子も慣れないところがあったり、娘の言い分だけ聞くのは良くないと静観していた。しかし、他の子や他の子のお母さんからも同じようなことを聞くと、心配になってくる。

こんな時、どうしたらいいか、私にとっても初めてで、おろおろしてしまう。とりあえず、今度の授業参観の後で、担任の先生に娘の言っている事実を伝えるつもりでいる。

school_sansyamendan-768x768.png私も同じく女子として生きてきた過去があり、女子の人間関係は、本当にしんどかった。下手に親が出ていくとややこしくなることも経験上分かる。

幸い、娘には何でも言い合えて、家族ぐるみで付き合っている同級生がいる。

その子の存在がどれだけ娘にも、私にも支えになっていることか。親になってみて初めて分かる、子供の人間関係への介入の難しさだ。

これからも女子の世界の荒波を生きる娘に、絶対的な味方として母の私は支えていくつもりである。

(30代・女性)
posted by ファミリー・プロミス at 16:33 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月13日    ※イラストはイメージです

歳月とともに

 父は仕事人間だった。日本が高度成長に向かいつつある時代、建築会社の経理を担当していたが、いつも母と二人だけの夕食で、父の帰宅は遅かった。会わない日が続くこともあった。後でわかることだが、この頃父は独立を目指して奮闘していたのだった。

 父子でありながら、面と向かうと妙に他人行儀な雰囲気があり、私は父に精神的な距離を感じたまま大人になった。一緒に遊んでもらった記憶はないに等しい。

 大学を卒業して車の免許を取った時、父は試運転に同行してくれた。娘には無関心な父だと思っていたから、父からの誘いには驚いた。

 運転中、何かの拍子でハンドル裁きがおぼつかなくなって、咄嗟に父の手がハンドルに伸び、私の手に触れた時はドキッとした。瞬時だったが、私は生身の父の感触を初めて知ったようだった。

1219966.png それから月日が流れ、結婚式では初めて父の腕を取って歩いた。私の友人にいつも父親と腕を組む仲良し父子がいて、その様子に驚きと、羨望を抱いていた私が、初めて父との腕組みが実現した日でもあった。

 あれから30年。この間に幾度か入院した父を病院で世話しながら、体を拭いたり、手を握ったり、体を支えたり、そして今は介護する日々。子どもの時は遠い存在だったが、老いた父は今全面的に私を頼っている。

 歳月は親子の役割を変えていく。親を頼れるうれしさと安心から、今は頼られるうれしさと責任を重く感じている。

(60代・女性)

posted by ファミリー・プロミス at 11:59 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

還暦祝い

1033374.png 私の還暦祝いに娘が妻と私を箱根まで旅行に招待してくれた。ロープウエイが落雷の為、運航中止になりそうになったり、旅館がある強羅まで近道と小さく書いてある山道を登ると、高齢者ではとても登れそうにない険しい山道だったりとハプニングの連続だったが、家にいるとツンデレな妻が、私の事を細目に気遣ってくれた事が嬉しく、天気は悪天候だったが、私の気持ちは日本晴れ。

 ようやく旅館につくと赤いちゃんちゃんこと帽子が用意してあった。気持ちが若いせいか還暦になっても着るつもりはなかったが、なぜか自分から着て妻と娘と記念写真を撮った。私は恰幅が良いせいか赤いちゃんちゃんこと帽子をかぶると恵比寿様そのもの。その姿を見て妻と娘も「ご利益」「ご利益」と私の頭を撫で笑っていた。

 大浴場に行くときに「ゴキブリが出た」と娘が大騒ぎ。冷静でしっかり者の娘があれだけ取り乱す姿も久々に見られ私の還暦祝いは想い出深き記念日となった。今回の旅行には仕事が多忙の為不参加だった息子だが、ファッションセンスがない私のために旅行用の服を一式プレゼントしてくれた。良い家族に恵まれた私は本当に幸せ者だ。

(60代・男性)

posted by ファミリー・プロミス at 11:50 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

蝉になむなむ

229528.jpg 孫を連れて恒例のお彼岸の墓参り。慣れぬ手つきで柄杓で水を汲み、濡れ雑巾で石拭きなどを手伝ってくれた。花を供え線香をあげたあと親を真似手を合わせて終了する。

 細い石段を降りながらの帰り道、お寺の猫が盛んにパンチを繰り出しているに目をつけ孫が近づいてゆく。仰向けになっていた蝉にジャレていたのだ。しばらく眺めていたが、可哀想という顔付きをするので猫を払い蝉を取り上げると傍にきた。恐る恐るの様子でつまむが、表情は変わらない。「なら、いい子いい子してあげたら」と言ってやると背中を撫でた。でも表情が変わらないので、「なら、土に返してやったら。大きいじじばばと同じように」と言うと、娘がすかさず「土に埋めてやるってことよ」と補足してくれた。

 すると、石段の脇の土の部分を石でほじくりだした。小さな穴ができるとそこに蝉を埋め、土をかぶせた。枯れた枝を折って土に刺してやるとしゃがんで手を合わせる仕草を始めた。そして振り返り催促する。揃って手を合わせてやると満足気な顔つきで「ない、ない」と言い埋めた土の上をポンポンしている。片付けるのを「ない、ない」と表現するようになっていたが、「なむ、なむ」に聞こえたような気もした。気持ち優しく育っていると嬉しくなった。

(60代・女性)

posted by ファミリー・プロミス at 11:32 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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