「ほっ!と一息家族」エピソード - ファミリープロミス    ほっ!と一息家族エピソード

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2019年12月07日    ※イラストはイメージです

面談の季節

1457893.jpg年末になると子供の通っている小学校や幼稚園から面談の案内が来る。

1人15分から20分の時間で面談を充実したものにするため、事前にアンケートがとられるのが通常だ。

私も今年を振り返って3人の子供それぞれの成長や不安要素、学校での生活の質問事項などを思いつくままに書いた。

いよいよ面談の日になり、先生と子供用の机といすで向かい合う。私の書いた事前アンケートを基にして面談を行い、気になっていた先生のプライベートなど聞く時間はなく、あっという間に時間は過ぎる。

一番下の我が子は身体は大きいが色々な面で成長が遅いと感じている。しかし先生のお話では、幼稚園では照れながらも挙手して自分の意見を言えることもあるとのこと。同級生の成長について行けず、劣等感から(と私は思っている)すぐに人を叩いてしまっていた1年前を思い返すと、ものすごい成長である。

子供とはいえ、それぞれに置かれた社会の中で、自分なりに頑張っていると知ることができた。

日々お忙しくされている先生方に、改めて感謝しつつ、これからも私は母として頑張らなければと気持ちを新たにした、有意義な面談であった。

(30代・女性)
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2019年11月09日    ※イラストはイメージです

今頃気づいた事

今年10月25日私たち夫婦は結婚27周年を迎えた。

想えば人生山あり谷あり、結婚前は毎年旅行に行くと約束しておきながら現役時代は多忙な仕事でその約束は守れず、仕事で完全燃焼しては疲れ果て帰宅後は家事は何一つ手伝わず、買い物も一緒に出掛ける事もなかった。妻にしてみれば不満だらけで落第な夫であった。

1444298.jpg昭和世代な私はまたそれが当たり前だと思っていた。そんな状況に不安を感じた娘が「お母さんはお父さんと出かけたら喜ぶと思うよ。言葉には出さないけど」と娘と二人だけの時言われた。私は妻に母親の様に甘えていた事を今更思い知った。

還暦を過ぎ子供たちが独立した家に2人。今は休日が合えば2人で出かける事が多くなった。妻の運転でドライブに行き些細な事でも笑い、家では会話も増えた。

そんな様子に娘からラインが来た。「この所ラブラブだね」と。娘が私に気づかせてくれたお蔭。老後も妻とお互いを敬い仲の良い夫婦で過ごして行こうと心に誓った。こんな鈍感な私を支えてくれるのは妻以外にはいないから。

(60代・男性)
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料理講習会

094168.jpg昭和三十年代始めのある日、母は割烹着を着込んで、近くで開かれた料理講習会に私を連れて行った。当時母は幼い私を抱えて共働きの身、多忙な毎日だったが、料理講習会に出かけるとは、母の人生を振り返っても、この日一回限りである。

覚えているのは鯨の酢の物。鯨肉とキュウリ、大根、人参をゴマと酢味噌で和えたあっさりした一品で、母と一緒に、多くの見知らぬ参加者と賑やかに試食した事を覚えている。鯨肉の、舌にザラザラした感触は子どもには珍奇で印象深かった。あのでっかい鯨を想像すると不思議で妙にうれしかった。

当時まだ途上国だった日本、食材も今ほど豊富ではない。大多数の日本人は贅沢を知らず質素に暮らしていた。若い母は、鯨という目新しい素材のレシピに引かれてか、子連れでも勇気を持って料理講習会に参加したのだ。鯨の酢の物は、その後家族の人気メニューとなり、父は酒の肴に好んだ。

時代は移り鯨肉を店頭で見ることはほとんどなくなった。あの料理は我が家では幻になってしまった。もう一度、あの鯨の酢のものを食べたい。料理してみたい。もし目の前に鯨の酢の物を出したら、母は遠い日を思い出してくれるに違いない。

(60代・女性)
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義父の思い出

897623.jpg古希が来るまで勤めていた義父。その後、同居の私たちの孫とよく遊んでくれたほか、母の菜園を手伝う日々が続いていた。

それでも何とか外に出る機会をうかがっていたのだろう、週末にテニスに出かける私たちのアッシーくんをやろうじゃないかと申し出てくれた。午前の部の練習場へ、昼食後はまた別の練習場へと、そのたびきちんと運んでくれた。

ところが慣れてくるほどに迎えの時間が早くなり、金網フェンス越しだが、練習風景をしきりに眺める様子が見られるようになった。そのうち動作を真似し出す。ストロークやサービス、それにスマッシュはもちろん、ちょっとしたステップまでも。日が経つうちに動きもスムーズになってゆく。真面目な機械職人の根を持つだけに念入りに見える。

お待ちどうさま、の声に顔つきが変わるのでそれと分かり、夫と共に上達ぶりを褒めてやるといかにも嬉しそうに相好をくずす。そのうちに天候を気にするようになり、練習中止とわかるといかにも残念という表情を見せるようになった。

有り難いが気の毒のようにも見えるので、そんな日は一日孫と遊んでもらい、母ともに夕食を振る舞った。それもこれも今は懐かしい思い出になった。

(60代・女性)
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2019年11月01日    ※イラストはイメージです

ふ、す、ま!

1531637.jpg夕食中、5歳の息子が突然言った。

「ふ、す、ま!」

一体何事かと思ったら、息子が指差す先に畳屋さんの広告があった。広告にはでっかい赤字で「たたみ、ふすま」と書いてある。

息子が文字を読んだのはこの時が初めて。自ら字に興味を持ち、読んだことに感激した。当人の誇らしそうな顔!

息子が文字にも数字にも疎いことに気がついて早数カ月、夕食後にトランプやかるたで楽しみながら文字に親しみを持たせようと奮闘した日々が報われた瞬間だった。

とは言え、「ふ」と「す」と「ま」の3文字は本人や家族の名前に使われている文字。目にする機会が多い字である。

まだまだ私と息子のひらがなの旅は始まったばかり。

興味さえ持ってくれればスポンジのように吸収出来る頭の柔らかさには目を見張るが、そもそも興味を引くのに毎回苦労する。

焦らず息子のペースで吸収出来るよう、母はサポートしようと思う。

(30代・女性)
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2019年10月12日    ※イラストはイメージです

父の足

1237877.png父の足クサは閉口モンでした。父が同席する夕食は私にとっても母にとっても苦痛の種。テーブル下から臭ってくる、あの臭いは、母の手作り料理の全てを台無しにする強烈さでした。

しかし、臭いを発散する当の本人の嗅覚にはいっこうに届かないらしく、「何が臭いねん、どこが臭うねん」と大きな足を自分の鼻先に抱え持ってきてクンクンしても平気な父でした。

でも私も母も、一生懸命仕事して疲れて帰ってきている父に、そうそう責めることはできません。いつも笑いを半分交えて、でも心中では困り果てて、大騒ぎの食卓を演じていました。

今思えばそんな夕食風景も懐かしい遠い思い出になりました。今や、父の足からは全く臭いが消失したのです。妙に寂しくなったのも否めません。

父の足でワアワア騒いでいた頃は、父も母も生活力にあふれ、生命力がみなぎっていました。心身ともに新陳代謝豊かな両親がいました。

父の足を時々撫でさすります。そして長い長い年月が経過したことをしみじみと思うのです。

(60代・女性)


posted by ファミリー・プロミス at 13:11 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ありがとう。息子よ

234305.png61歳で未経験の仕事に再就職した私。今まで他人から仕事を干渉される事を何よりも嫌う私だったが、未経験の仕事。完全に1から10まで分からない。しかも私は仕事を覚えるまでが疎い。

最初の一か月間は先輩達から連日注意を受ける日々。私の性格を熟知している妻は落ち込んで帰宅する私を心配して「会社辞めてもいいよ」と言ってくれたが、注意を受けても以前の様に腹が立たない。

私も管理職時代やる気のない部下は注意をしても無駄と見限り、重要な仕事には配置せず、見込みある部下には些細な事でも叱責をしたが責任ある仕事を任せた。その事から注意をされる度「まだ言ってもらえるだけ有難い」と感じ、注意点の修正を続け基本的な仕事は任せて貰える様になった。

それは息子のお蔭でもある。私に似て気難しい性格の息子が上司から叱責されながらも会社の貴重な戦力として成長していく様を見て、私も負けられない気持ちとなっていた。息子と婚約者がデパートに私を誘い高級腕時計を誕生祝いとして贈ってくれた。腕時計を見る度に息子から激励されている様で、上司からの叱責にも耐える事が出来た。

今は自分でも不思議な程素直な気持ちで仕事を学ぶ事が出来る。息子が帰宅する度に「親父頑張れよ」「仕事に慣れてくる頃に事故が起きる。気を抜くなよ」とアドバイスされる。その言葉が私を初心に帰らせてくれる。ありがとう息子よ。

(60代・男性)
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何を入れるの、お棺に

1668339.pngお棺に高価な双眼鏡を入れたという親戚の葬儀に出た帰りの車の中での話である。

爺は何を入れるの、と孫が突然口を開いた。精進落としの際話題にのぼっていたのを耳に留めていたのかと思い、遮らずにいると、そうだねえと言って夫が乗り気になり始めた。が、黙ったままだったので、ラジオとかカメラとか夫が日頃手にしているものを孫が口にする。

同居しているわけでもないのによく見ていると思って聞いていると、ラケットでしょ、テニスが好きだから、と娘が口を挟む。すると、じゃあシャベルは、とまた孫。二日前に菜園の収穫を初体験し使ったばかりの用具だ。

そうだなあ、とまた夫が考え込むと、ねえ、何、と隣から夫の膝を揺する様にして孫が催促する。

するとおもむろに、免許証かな、と言う。はて夫は免許証を持っていたかな、早いうちに返上したと聞いていたので、免許証?と尋ねると、父の免許証だ、あれが確か残っているはずだ、と続ける。そして天国に持って行って父に渡して一緒にドライブするんだ、と言う。

そういえば二人は仲がよく父の運転でよく出かけていた。じゃあ免許証で決まり、と孫が口にする中、私にはちょっぴり焼ける思いがした。

(60代・女性)
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意外な才能

1606535.png我が家の5歳の息子、興味があるのは虫、乗り物全般、仮面ライダーに体を動かすこと。

興味がないのはお絵かきや数字、文字。

3歳年上の長女が5歳だった頃には、ひらがな全部一応読み書き出来ていた。でも現在息子は自分の名前を書くことはおろか、読むこともできない。

「男の子だし、元気ならいいか」なんて軽く考えていたけれど、幼稚園の参観日で他の子がすらすらと字を書き、日付を答えている場面に遭遇して少し焦り始めた。

色々考えて、数字に親しむのはトランプが最適なのでは?と仮説を立てた。

その日からババ抜き、神経衰弱が寝る前の日課になった。

なかなか数字もルールも覚えられない息子にとって、ババ抜きや神経衰弱の、同じ数字を合わせるだけの単純明快さがぴったりだったよう。

特に神経衰弱は、「透視能力があるの?」と疑いたくなるほど強い、強い。さして真剣でもないにも拘らず、大差をつけていつも1番になる。

聞けば数字を覚えているわけではなく、文字を絵のようにして覚えているよう。

息子の意外な才能に驚いた。こうやって数字に親しみ、ひいては覚えてくれたら嬉しいのだが。

(30代・女性)
posted by ファミリー・プロミス at 12:45 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

先祖の名前

お彼岸の9月、あるイベントに家族で参加しました。テーマが【ご先祖の皆様、ありがとうございます】というものでした。

受付で一枚の紙が配られ、なんだろう・・・?と思っていると講話の中で、「皆さん、おじいちゃん、おばあちゃんの名前書けますか?かけた人数分のお菓子を帰りにもらって下さい」と言われました。

子供たちはお菓子欲しさに、必死になっておじいちゃん、おばあちゃんの名前を考え、私たちに聞いてきました。

普段はじーちゃん、ばーちゃんとしか言いませんから、正式に名前を子供たちが聞き、書いている姿に、これは良いことだな〜と思いました。

先祖があって私たち夫婦、そして子供たちがいることを感謝することができました。

子供たちもお菓子をたくさんもらえてうれしそうでした。

(40代・男性)


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2019年09月14日    ※イラストはイメージです

夏の終わり

528669.jpg子供の夏休みが終わった。

今年の夏は、なんだか例年に比べて長かった。

そう思うのは、子供が学童保育に行きたがらず、毎日家にいたからだ。

子供同士でも、女の子は色々あるらしい。

元々仕事の無い日は学童保育を休ませて子供と遊んでいたが、今年は私が休みでなくてもどうしても行きたくないと言う。まだ小学2年生だから家にひとりと言うのは心配すぎる。

かといって学童保育は義務ではないから子供に無理強いしたくない。

私の仕事の日には実家にお願いしたり、友人と協力し合ってやりくりし、なんとか夏休みを乗り切った。

海に映画、キャンプ、プール、お買いもの。思いつく場所は大抵行った。その都度へとへとになるまで一緒に遊んだ。

娘や娘の友人の会話はいつの間にか大人びていて、聞いていると立派な女子だ。保護者と言うより友人気分で私まで若返った気分になる。

長い夏休みがとうとう終わって、やっと私の休める日が来た。

ゆっくり過ごす時間をあんなに熱望していたのに、いざ来ると、なんだかさみしい気がするのが、不思議である。

(30代・女性)
posted by ファミリー・プロミス at 10:54 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

キャリアを捨てゼロから

375916.jpg 前職から再就職をして2年8か月。私はまた新しい職につく事となった。仕事が熟練するにつれ効率が上がり入社時は1日かかった仕事量が半日で終わってしまい、一日のノルマの終わった私は帰る訳にもいかず、些細な仕事を自分で見つけ1日を過ごす。前職の様に仕事の流れを自分で決められる立場でもなく、仕事が熟練するにつれ、一日の自分のノルマが早く終わってしまう悪循環。

 自分の性格上仕事量と時間を調整する事も出来ず、経験者で年長の私に上司からは仕事の指示もなく仕事のモチベーションは下がる一方。将来を期待され生き生きと仕事の話をする子供達を見ると羨ましかった。

 61歳にもなり、熟練した現在の仕事を年金が貰えるまで続けた方が賢明な生き方かもしれないが、キャリアを捨てゼロから新たな仕事に挑戦するのも子供たちの様に充実した毎日が送れると思い新たな職場に試験、面接を受け内定を貰い、会社に一身上の都合で退職届を出し慰留されたが私の後任が決まるまで働く事で円満退社をする事が出来た。

 新たな会社で研修を受ける。覚える事が沢山で不安と期待が入り混じっているが、新人として又仕事に対してモチベーションが上がってきた。家族からは「がんばれ」と励まされ、これから第三の人生頑張ります。

(60代・男性)
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苦心の輪、広がれ

124375.jpg 小さな家庭菜園をやっている。トマト、キュウリなど自分で育てたものを毎日味わえる喜びが夏にはある。が、今年は日照不足と日照りが交互にやってきたために育て方が難しく収穫しても味が今一つだ。さらにカラスの急襲が目立って盛んだ。そこでいつもの色物のテープ張りや網掛けに加えて適所にトゲのある材料を置くなどしたらようやく遠のいた。

 こんな苦労話を道で立ち話していると、突然窓が開いて「いい話を聞いた。さっそくうちでもやってみたい。うちの菜園を見てくれ」と声をかけられる。菜園をしている方と知らなかった家だが、やはりカラスには苦労していて、見つけると窓を開いて「パン」と手を叩く方法で防いでいたと言う。早速三人でテープや網の張り位置のほか、止まりそうなそこここにバラ線を張ったらよいかもなどと話が弾んだ。

 さらにあそこの家でもやっている、などの情報も得られ、たまに情報交換会をしよう、昼食会を兼ねてということになった。カラス対策のほか、味をよくするもっと良い方法があるかも、肥料や水遣りは、などと期待が膨らむ。家に戻って夫に話したら「僕も」と言う。確かに協働作業者だが「ここは女子会で、でも将来的にはありかも」ということにした。広がりが楽しみになってきた。

(60代・女性)
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母の来訪

1442881.jpg あれは28歳の時。母と意見が合わず家を飛び出した。母は重い心臓病で階段を上がるのもやっとの体。それを思うと気がかりだったが、どうしても一人になりたかった。でも母の体を思うと遠くへは行けず、家から車で15分の所にアパートを借りたのだった。毎日家の様子を伺い、明かりがついているのを見届けると安心した。

 家を出て2カ月くらい経った頃、思いもかけず母から電話がかかってきた。「どうしてるの」と、声を荒らげるでもなく、落ち着いた優しい母の声。あいにく私は体調悪く寝込んでいて、電話に出るのもやっとだったが、母の声に言葉が詰まった。私はすぐ母に甘えて、体調が悪いことを告げた。「気を付けるのよ。無理しないようにね」と言われて電話を切った後、私はうれしくて布団をかぶって泣いた。

 それから二時間くらいしてドアを叩く音。立っていたのは二カ月ぶりに見る母だった。心配して、電車に乗って探し探しやってきたのだ。医師から心臓手術をすぐにもやるように勧告されている重症の母が。

 家を飛び出した私なのに、そのことは言及せず、ひたすら娘を案じてやってきてくれた母。その夜は、小さな布団で一緒に寝た。母の丸くなった背中を眺めながら、決心した。家に帰ろうと。

 その後、母は心臓手術を受け成功した。

(60代・女性)

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2019年08月10日    ※イラストはイメージです

息子の独立

 息子が独立した。婚約者が県の職員となり赴任地が自宅から遥か遠く高速で1時間半の場所。息子は婚約者の通勤距離緩和の為、独立の道を選んだ。まだ結婚前の同棲。私世代とするとふしだらな感がするが、息子の理路整然とした同棲理由、婚約者の両親も承諾している事から私も同意した。

 息子が私の許可を得てから僅か2週間で部屋を借り家財道具を揃え引っ越しの日を迎えた。婚約者の父が引っ越しの当日手伝いに来てくれ引っ越しは無事完了した。息子は私に似て思い立てばすぐに実行。この短い期間で部屋を見つけ不動産屋で契約。休日もない中。時間を惜しんで目標を実現していく。あの幼かった息子も大人の男になったと認めた。

 妻と仕事の休日が一緒の日。息子と婚約者が住む部屋を訪問した。2人とも幸せそうだった。本当に。家では家事は何一つしない息子が家事を分担している。料理を作る度に携帯に画像を送ってくる。息子は職人気質で気難しい性格。それをうまく操縦している婚約者。本当にお似合いだ。今年公務員となり仕事が落ち着いたら籍を入れると言う。早く孫の顔が見たい。

 息子がいなくなり妻と二人の生活。静かで新婚時代に戻った様だ。あのエネルギッシュな二人に負けない様、私たち夫婦も仲良く暮らしていきたい。

(60代・男性)
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教えちゃった、ハグ

 孫にハグを教えた。嬉しいとき、喜びを分かち合いたいときにする仕草として最高のものだという言葉を添えて。分かった、というから試しにということで、こうだねと軽く上体を接触させ、両腕で相手の体をそっと包み込むようにと教えながら三度四度と試しにやってみるとすぐに飲み込んだ。

 ところがその後一週間過ぎても、二週間が過ぎても何もしてくれない。さては照れ屋さんなのかと思って「ハグは?もう忘れてしまったの?」と聞くと「嬉しかったこと、とくになかったから」とあっさりと言う。せっかく教えたこともあり、もったいないことと思った私は「こうして元気に、笑顔で一日を終えることが出来ているじゃない、それって素晴らしいことじゃない?」と少々屁理屈気味の言葉を投げかけ「だからハグ」と言うと、「分かった」と言って応じてくれた。

 けれども無愛想に突っ立ったままだったので「もう少し腕に力を入れないと気持ちが伝わらない」と教えるとギュッとしてくる。これで孫に本当に大きな喜びがあった時のことを思うと少しワクワクする。ハグを教えたこと、もちろん娘夫婦にも伝えた。

(60代・女性)

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初めての飛行機

 初めて飛行機に乗ったのは、大学入学祝いに両親と三人で九州へ家族旅行した50年前。旅行会社も数少なく、知り合いが経営する小さな旅行会社でコーディネイトしてもらい、宮崎と鹿児島を回る二泊三日の旅。機内で私と母はシートベルトがうまくできず、見かねて隣のおじさんが教えてくれた。

 当時の南九州は新婚旅行のメッカで、青島、霧島、指宿、長崎鼻、池田湖、サボテン公園、鵜戸神宮・・どこも新婚カップルばかり。

 十八歳の私はこの旅で初めてハイヒールをはいた。今でこそラフな恰好で旅をする人が多くなったが、当時の旅は精一杯めかしたものだ。まして飛行機に乗るとなれば一張羅を着込む。両親共々私もスーツを着込んでいた。入学祝いに母が選んでくれたスーツだった。

 帰阪の日は昭和44年4月4日、4という数字が4つ並び、縁起かつぎの母はいやがった。何事も起こりませんようにと祈り続けた甲斐あって無事に着いたが、帰宅してテレビを見て仰天した。私達の次に着いた飛行機がオーバンランして空港の草むらに突っ込んだというニュース。家族で胸をなで下ろした。

 忘れられない初めての空の旅になった。

(60代・女性)

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2019年07月13日    ※イラストはイメージです

オリンピックチケット当選

 オリンピックのチケット応募に私以外の家族は祈りを込めスマホに応募していた。私はスマホの操作が不慣れで娘に依頼した。種目も娘任せ。私は混雑している所が苦手なので正直言うと無関心。チケットの当落発表も家族は待機者多数だが待ち続けたが皆応募したチケットは落選した。息子は当たれば奇跡だとラインで怒りを爆発させていた。

 一番無関心な私は、当然待機者多数の当落発表も待たず落選は確実だろうと思った。そんな私のスマホにメールで当選通知が来た。え一番無関心な私が当選?目を疑ったが確かに当選通知であった。総て落選し落胆する家族に私のチケット当選を伝えると「一番興味のない人に当たるんだね」と妻から言われ、息子はまさかの奇跡に「やった一生の想い出だ」と喜んでいた。

 息子が購入手続きを済ませチケット代金も支払ってくれた。これで家族4人オリンピックを生で観戦できる。

 当初無関心だった私も家族が喜ぶ姿を見て興奮してきた。もうじき息子も結婚し独立する。これが最後の家族旅行となるだろう。私の当選は神様の悪戯だろうが、世界を代表する選手が熱戦を繰り広げる4年に1度の大会。一生の想い出にしたい。

(60代・男性)
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役立ちあい

 門柱の郵便受けを覗いていると、顔見知りの主婦が通りかかった。目が合うと「主人が定年退職し、その後ずっと手持無沙汰にして家でごろごろしていて困る。健康にも良くないし、どうしたものか」と話しかけてきた。悩んでいるようでも一種ののろけ話だろうと思い、聞いてあげればすっきりすると思っていた。

 ところが一区切りすると「お宅ではどうか」と真顔で尋ねてきた。「朝起きるのがもともと早いので朝食づくり、家庭菜園、風呂掃除そして朝食の具材の買い物かな」と話すと、「それでは私の仕事が半分になってしまう」と言いながら玄関先の落ち葉の話を口にした。せめてそれくらいの片づけはやって欲しい、と言いたいらしい。

 「そうね」と言いふとわが家を顧みると、垣根を含めいつもすっきりしている。すぐに夫のおかげと思った。口にださずともさりげなく手をかけ気持ちよい環境を整える。そういう暮らしの在り方もあってよいと思った私は「他に目に見えないところでやってくれているものがあるのでは」と投げかけてみた。

 すると思い当たることがあったのか「そうね」と言い少し落ち着いた表情を見せた。ふと「役立ちあいね」と口にすると「それそれ」と言い、「話し合ってみる」と笑顔を見せた。よかったと思った。

(60代・女性)

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ビッグなプレゼント

 生命保険に関心はなかった。日本人の90%以上が生命保険に加入しているというデータがあるが、私は人ごとだった。死ぬ事や病気になったことを想定すること自体、縁起でもないから考えたくない。それに体には自信があった。入院なんてすることもないだろう。

 ところが、我が意に反して30代半ばに突然の入院を経験してしまった。十日間の入院生活。退院時に計算書を見た時はびっくり。

 帰宅すると父が言った。「保険がきくだろうよ」。そうだった。思い出した。この入院の一年前、父から思わぬプレゼントがあった。それは「いつまでも若くないぞ」と言われて手渡された私の終身保険証書。入院手術特約が付いていた。私はありがたく頂戴したが、証書を念入りに見ることもなく引き出しの奥にしまい込んでいた。必要とするのは遠い先のことだと・・。

 父が贈ってくれたこのプレゼントのお蔭で、大いに助かった。感謝でいっぱいになった三十年前の秋。今の私は年々体力に自信がなくなり、今になって年々このビッグな父からの贈り物の存在感が増している。

(60代・女性)
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