「ほっ!と一息家族」エピソード - ファミリープロミス    ほっ!と一息家族エピソード

メルマガ登録募集中!   メルマガ登録はこちらから

「家族の絆」メッセージや全国の活動の様子などをメールマガジンにて配信しています。
是非、お気軽にご登録ください。(個人情報はメルマガの配信のみに使用いたします)

2020年03月14日    ※イラストはイメージです

娘からの報告

 私の夜勤時、いつもは夜遅く妻が職場に車で迎えに来てくれるのだが、なぜか娘が迎えに来た。「お母さん炬燵でうたた寝していて起こすのが可愛そうだから私が迎えに来た。それに」と言うと娘は暫くたってから、「実は結婚を意識している人がいるの」と衝撃の報告。

 妻と弟にはもう報告済みの様だ。前日弟に報告した時。息子は喜びながらも「お父さんにも早く話した方がいいよ」と言われ意を決して私に報告した。

 息子は毎日彼女を家に連れてきて既成事実の様に彼女を家族の一員として自然に受け入れさせたが、今まで何の前兆もなかった娘からの突然の報告。一瞬戸惑ったがしっかり者の娘が選んだ相手。好青年に違いない。私が祝福すると娘は微笑んだ。

1796288.jpg 3月2日。いつもは家族で祝う娘の誕生日。今年は彼と2人で外食。娘は誕生祝いにネックレスをプレゼントされ幸せ一杯に帰ってきた。私も結婚前妻に初めてのプレゼントはネックレスだった。娘と彼の出会いは、私と妻の様に友人の結婚式から交際に発展。息子の婚約者も妻と珍しい苗字だが旧姓が同じと、なぜか偶然にも共通点が一杯だ。

 娘と息子が私と妻の様に長く幸せな楽しい家庭が送れる事を願う毎日だ。

(60代・男性)
posted by ファミリー・プロミス at 12:23 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

探し物

1673476.jpg 探し物が下手な子だった。時間がかかると泣き出すこともたびたびあった。使っても元に戻さずそこらに放ったらかしにするせいとよく言われた。

 あるとき、どうしても探し出さなければならないものがあり、帰宅した母にすがって頼んだことがあった。働いていたので家にいても忙しかった母は普段「自分で探しなさい」が口癖だったが、そのときは応じてくれた。散らかっている部屋を片付けながら、押し入れに体を入れながら、箪笥の引き出しを開けながらなど、大取り物のようになった。

 なかなか見つからなかったが、母が探してくれていることに何故か心安らいだ。そうこうしているうちに使われていない古い机の脇の引き出しに母の手がかかった。そしてこの時だけ「ここにあるでしょ!」と言いながら引いた。ところが引き出しの底が抜けていてもぬけの空だった。

「まあ」という顔付きをして見せたが、すぐにその下の引き出しを探り見つけ出してくれた。「そんなところに」と思いながら、涙をにじませた私だったが、「よかったね」と言い母は強く抱きしめてくれた。そして「ありがと」をぎこちなく口にする私に「どういたしまして」と明るく返してくれた。やっぱり母という思いを強くした。

(60代・女性)

posted by ファミリー・プロミス at 12:08 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

一人っ子

819216.jpg 私は何となく父とは反りが合わず、余り口を聞かず、言い争ったことも少なくはない。ついに、家族で話しあって、同居にケリを付けて家を出た。それを機に父は一気に元気をなくし、入退院の日々が続いた。3カ月ぶりに家を訪ねた時、父は、驚く程痩せ細り、持病が全て悪化して、こんなに弱々しい父を見た事はなかった。親の老いが心に迫る。

 かつて、強い口調で言い合った会話を思い出した。「世間は結婚したら別居が当然、何で同居を強いたの」と詰問した私に父が言った。「世間はどうであれ、お前は私達の一人っ子。側においておきたかった」。そんな会話が蘇ってくる。

 別居してわかったことが山とある。父も母もどんなに私を愛してくれていて、私を頼りにしているかを。結婚が遅かったこともあり、私達は長年3人だけで家族を営んできた。ケンカもあったとはいえ、概ね幸せに恵まれて暮し、私はいつも人様からうらやまれていた。

 友人に同居の不満を漏らしたことがある。すると彼女はこう言ったものだ。「親と同居できるって幸せなことよ。したくてもできない人の方が多いのに」。ありがたい言葉だったと今にして気付く。

 親の老いは子の気持ちを変える。命あるものはこのように枯れていくのだという現実を、身をもって教えてくれている。家族のつつがない日々が1日も長く続きますようにと祈り暮らしていたが、父は3か月前92歳で遠くに旅立った。今、私は父の言葉を胸にとどめて生きる。そう、私は親にとってたった一人の子ども。

(60代・女性)
posted by ファミリー・プロミス at 12:00 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月08日    ※イラストはイメージです

妻との約束

443056.jpg 私の妻は独身時代毎年海外旅行を楽しんでいた。私と結婚する時も毎年旅行に行こうねと約束した。だが結婚1年目旅行の予約は入れたが義父が突然病に倒れキャンセル。それ以降は私の仕事多忙、子育て、両親の介護等で1度も約束が守れなかった。

 だが先月娘が妻にハワイ旅行をプレゼントしてくれた。仕事が休めない私に「お母さんだけ連れてってもいい?」と言われたが、「お父さんが一度も連れて行けなかったんだから、お父さんからもお願いします」と言うと娘は微笑んだ。妻はハワイ旅行は初めて。ハワイから私のスマホにLINEで楽しそうな娘と妻の写真が送られてくる。妻の笑顔を職場で眺めると私も幸せな気分になってくる。

 親孝行な娘に育ってくれて本当にありがとう。両親も他界して子供達も独立した今、私も健康に気をつけて何の憂いもなく妻と2人で海外を満喫する日が来る日を楽しみに、定年まで頑張ろうと思った。

(60代・男性)
posted by ファミリー・プロミス at 13:09 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ソリに見る孫の成長ぶり

1756959.jpg 北海道訪問中の娘から動画が送られてきた。公園に盛られたなだらかな雪山からソリで一気にすべりおりる孫の姿が写っている。昨年はおじけて独りで滑り降りることができなかったらしい。そして今度は手放してしまったソリを追いかけて雪山を下っているものが。つまづきそうになったりよろけたりすることもなく麓でソリが止まる前につかまえている。それほど高くない雪山のはずだがそれにしても大した体力がついたものだと思った。

 この歳の子供なら誰だってとか、凍っていないばかりか雪質が柔らかくて良いのでは、と夫は言うがそれにしてもだ。遠く離れて暮らしているので気を遣ってくれてちょくちょく孫の動画を届けてもらえるが、今や急速な成長ぶりを驚きを持って確認できる楽しみが加わっている。

「俺の小さいころはソリなどなく、竹藪から小竹を切ってきて足を乗せ、先っぽを手に持って折り曲げるようにしながら滑り降りたものだ」と夫は思い出を語るが、道具の発達も確かに成長を促す要因に思えた。爺婆のその頃とはひと味違う冬の楽しみ方を味わい、どんな風に成長を遂げていくのだろうと想像する。これも楽しみの一つと思った。

(60代・女性)

posted by ファミリー・プロミス at 13:05 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

洗濯機の底に残されたものは・・・。

1410269.jpg 先日、洗濯機の中を覗いたら、何かある。近眼の私には底にあるモノが何か判別できない。取り出そうとしてつかんだ途端悲鳴を上げた。ぬるり、としたソレの何とも不気味な感触。丸々太った大きなお化けナマコのように見える。白と青のツートンカラーだ。

 眼鏡をかけて恐る恐る覗き込んだが、やはり正体がわからない。ぬめっとした光沢で底にへばりついている。生きもののようだ。どうしてこんなモノが洗濯機に・・・。気味悪いので、蓋をして夫が帰宅するまで洗濯機に近寄らないことにした。

 さて帰宅した夫。洗濯機を覗き込む。「噛まれるよ!」と私は大声で注意を喚起する。夫が「気持ち悪いな〜これ」とさすがにギョッとして、それでもつかみあげた。「何だこれ」。二人でソレを見た。生きものでないことはわかった。しかし何だろう。「わかった!」と夫が声を上げた。

 先日夫が熱を出した時に額に当てていた冷えピタだった。それがパジャマにもぐり込んで洗濯機で攪拌されて、かくも膨張して気味悪い物体と化したのだ。やっと謎が解けて大笑い。大騒動だった。

(60代・女性)
posted by ファミリー・プロミス at 12:59 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月20日    ※イラストはイメージです

目下、日本語勉強中

1162377.jpg先日、本屋さんでふと目に留まった子供用ひらがなドリルを、我が家の双子に与えてみた。

5歳男児。幼稚園の同学年ではすらすらと読める子もいるらしい。

我が家はまだろくに読めないが、今からゆっくり始めるつもりだった。

新しい鉛筆と消しゴムも準備して、机に並べて「はい、どうぞ」と与えてみたら、二人は正反対の反応を示した。

弟は丁寧にお手本をなぞり、お手本を見よう見まねで「跳ね」や「払い」まで忠実に再現しようと何度も消しては書いて、を繰り返す。

兄はまずひらがなに興味がない。説得してやっとドリルに向かうが自分の書いた字こそ正しいと、直しには一切応じない。

二人の正反対の反応が面白く、そして書いた字からどんどん覚えていく吸収力に驚きつつ、今夜もひらがなドリルで楽しくお勉強の予定である。

(30代・女性)
posted by ファミリー・プロミス at 17:05 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月18日    ※イラストはイメージです

妻の気配り

1141132.jpg 還暦過ぎ職種を変えた為、研修期間は通常勤務時間だったが、会社の実技試験に合格して使える人材として認定されると夜間勤務が徐々に増える様になった。入社して4か月。現在は貴重な夜間勤務要員として勤務終了時間23時が当たり前、早く終了しても21時半。

 その為通常勤務時代は自転車通勤をしていたが、この寒空の中、心臓に持病がある私を心配して妻が勤務先まで送り迎えをしてくれるようになった。シフトの都合で人員が足りない時など朝から夜間の長時間勤務時には、妻は朝早く昼、夜2食分の弁当を作り、毎日私の健康を案じてくれる。

 独立した子供達も夜遅くまで働く私に「頑張って、でも身体にはくれぐれも気をつけて」と励ましのラインをくれ近況を報告。この家族の気配りが私の働く原動力となっている。

 先月の勤務時間は200時間を超えた。現役時代もそれぐらいは働いていたが、机に座り指示命令をしていたので責任感から神経は疲れたが身体はさほど疲れなかった。現在は身体を使って働いているので家に帰宅後は疲れすぐに寝られる環境を作ってくれる妻の優しさが本当に身に沁みる。

(60代・男性)
posted by ファミリー・プロミス at 10:30 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いい歯が出るように!

1168718.jpg 「近いうち孫が遊びに来るからうちに来てね」と声をかけておいた近所の子が母親と一緒に遊びに来た。一つ年上の子だったが「下の歯が抜けそうで」と話し始める。どれどれと見ると、前歯を一本ぐらつかせて見せてくれた。うちの孫の方はまだだったが、この際、子どもの頃の体験を話してみようと思った。

 おばさんの子どもの頃は、下の歯が抜けると屋根の上へ、上の歯が抜けると玄関の上がり框の床下へ放り投げ、その時「いい歯が出るように!」というおまじないの言葉を添える様言われていて、やってみて一回で見えなくなったら絶対に、二回目までならそれなりに良い歯があとから出てくると信じていた。女の子が屋根の上まで放り投げるのは大変だったが、たいていはころころと瓦を伝い雨樋に収まるのでとてもうれしかった、と伝えると、いい話を聞いた、今度やってみようね、と母親が促していた。

 三日後、再訪問があった。ちゃんとやって一回でできたと子供から誇らしげに報告があった。よかったね、と言うと嬉しそうな顔を見せる。孫にもそうしようね、と言うと「うん、そんときはぼくもやる」と返してきた。何だか私も嬉しくなって、抜けたらやってみようかという気になっていた。

(60代・女性)
posted by ファミリー・プロミス at 10:28 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ミニチュア家具

 おもちゃ屋で売られている家具のミニチュアセットは可愛くてリアルで、人形ごっこやままごと遊びの時に並べて使ったものです。母が一つ二つと買ってきてくれたものですが、楽しんでいたのは案外母だったかもしれません。おもちゃに恵まれなかった母の時代を思えば、木製で本物そっくりで、カラフルで、しかも家にはなかったモダンな家具はおもちゃといえども夢のように心弾みました。

745384.jpg まだ卓袱台が幅をきかせていた時代に、欧米風のテーブルや椅子のセット。鏡台ではなく、ドレッサー等々。見ていて楽しいものでした。きっと母もそうだったのでしょう。徐々に増えて、箱に一杯詰まったミニチュアセットは、高校時代くらいまであったと思います。まるで母と共有のようなおもちゃでした。

 母は今も小さな可愛い雑貨が大すきです。

(60代・女性)
posted by ファミリー・プロミス at 10:25 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月21日    ※イラストはイメージです

働き方改革…我が家の変化

415807.jpgフルタイムの看護師をしている私。

最近は働き方改革の名のもとに、前残業や残業をなくすために、業務量は減らせないのに「早く職場に来るな、早く帰れ」の風潮で仕事の質を落とさざるを得なくなっている。

必然的にカルテの記載や患者さんとゆっくり話す時間を削ることになり、思考をめぐらせたり暖かな交流の時間がないままに終業時間が来て、上司に追い立てられるようにして家に帰る。

時代の流れと言えばそれまでだけれど、何だか寂しい。

しかし家庭では、最近一つ嬉しいことが起こっている。

5歳の息子が、仕事終わりの私の肩を叩いてくれたり、夜勤後には「おつかれさま、お母ちゃん疲れてるからご飯づくり手伝うよ」と気遣ってくれるようになったことだ。

そういえば、働き方改革の前は、日勤で帰るとすでに子供たちは寝ていることもよくあった。いつの間にか優しい子に成長していることに気が付けたのも、残業削減で少しだけ家族との時間が増えたおかげであることは否めない。

職場には、数字だけの削減ではなく、仕事への満足感や達成感も得られる改革の実行をしていただけるよう、期待している。

(30代・女性)
posted by ファミリー・プロミス at 16:27 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月14日    ※イラストはイメージです

我が家の住まいヒストリー

1016210.jpg 父が事業を始めることになり、社宅から引っ越したのは昭和30年代の半ば。引っ越す前に、両親は「いいものみせてあげる」と言って、一時間電車に乗って私を新しい家に連れて行ってくれた。

 二戸一建ての平屋で、背丈の半分くらいの小さな形ばかりの門が付いているのも子ども心にうれしかった。

 社宅の台所は土間だったから、玄関の横にある板の間の小さなリビングキッチンは新鮮だった。歓喜雀躍したのは、風呂場を見た時だ。銭湯が幅を効かしている時代に、小さくても家庭風呂の存在は夢のようだった。木の湯船で、洗い場はコンクリートに木製簀の子が置いてあった。

 素敵な家を見つけてきた両親。知らない間に二人で探していたのだ。早く引っ越したい気持ちで一杯になった。

 学校では「今度の家には風呂があるよ」とうれしくていいふらしたのを覚えている。友人も「へえ〜」と一緒に喜んでくれた。いい時代だった。

 幾度かの転居を経て、今はバリアフリーと手すりを付けた家になった。自分の住まいの歴史をたどっただけでも、あっというまに年月が流れた事を痛感する。

(60代・女性)
posted by ファミリー・プロミス at 15:46 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

孫と文通、スタート

1637156.jpg 忙しい身であっても寝るときには必ず絵本を読んでやっている、図書館にたびたび連れてゆき選ぶ本から興味の分野を見つけ出し力を注いだ、などの話を聞くたび、我が孫にもと思い、娘に情報を出してきた。が、成長の様子をタブレットに見せられているとジッとしていられなくなり、自分にもできることはないかと思案を重ねるようになった。

 結果、辿り着いたのが文通であった。小さな子どもに、しかも男の子に、と言うなかれ、またスマホなどのある便利な世の中に、などと重ねてくる家族の意見を聞き流し、とうとう第一通を出した。それも返事もらいたさに往復はがきでだった。家族の安否の確認から始まり、好きな食べ物、好きな本や花を問うほか、帰省を待っている気持ちが熱く伝わるよう練りに練った。

 十日後に返事が来た。拙いが読める字だった。文章にはなっておらず単語だけだったが、矢印で娘の註がついていたためにそれで通じるし、伝わってくるものがある。すぐに写真立てに飾った。さらに続けてゆけば文字にも文章にも磨きがかかるはず、と思い来月にはまた出すつもりでいる。

 何を書こうか、どんな返事になるのか、乙女の頃のように気を揉む。楽しみを見つけたと思っている。

(60代・女性)

posted by ファミリー・プロミス at 15:42 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

想い出の帽子

1489248.jpg 大掃除前に家の押入れを片付けているとおもちゃの箱があった。中を開けて見ると娘が幼かった頃の帽子や麦わら帽子が入っていた。その中に亡き父が娘を溺愛していた頃、デパートで娘に買い与えた高価な想い出の帽子もあった。

 私が幼少期贅沢を一切許さなかった父。「俺とは大分待遇が違うね」と父に厭味を言ったら「お前への償いだ」と申し訳なさそうに答えた父。当時の父の年代に近くなった私は父の言葉が理解できる様になった。

 この帽子は大切に保管しよう。娘に女の子が出来、当時の娘の年代になったら私から孫に被せてあげよう。その時は親父も天国で喜ぶだろうな。

(60代・男性)

posted by ファミリー・プロミス at 15:36 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月07日    ※イラストはイメージです

面談の季節

1457893.jpg年末になると子供の通っている小学校や幼稚園から面談の案内が来る。

1人15分から20分の時間で面談を充実したものにするため、事前にアンケートがとられるのが通常だ。

私も今年を振り返って3人の子供それぞれの成長や不安要素、学校での生活の質問事項などを思いつくままに書いた。

いよいよ面談の日になり、先生と子供用の机といすで向かい合う。私の書いた事前アンケートを基にして面談を行い、気になっていた先生のプライベートなど聞く時間はなく、あっという間に時間は過ぎる。

一番下の我が子は身体は大きいが色々な面で成長が遅いと感じている。しかし先生のお話では、幼稚園では照れながらも挙手して自分の意見を言えることもあるとのこと。同級生の成長について行けず、劣等感から(と私は思っている)すぐに人を叩いてしまっていた1年前を思い返すと、ものすごい成長である。

子供とはいえ、それぞれに置かれた社会の中で、自分なりに頑張っていると知ることができた。

日々お忙しくされている先生方に、改めて感謝しつつ、これからも私は母として頑張らなければと気持ちを新たにした、有意義な面談であった。

(30代・女性)
posted by ファミリー・プロミス at 12:51 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月09日    ※イラストはイメージです

今頃気づいた事

今年10月25日私たち夫婦は結婚27周年を迎えた。

想えば人生山あり谷あり、結婚前は毎年旅行に行くと約束しておきながら現役時代は多忙な仕事でその約束は守れず、仕事で完全燃焼しては疲れ果て帰宅後は家事は何一つ手伝わず、買い物も一緒に出掛ける事もなかった。妻にしてみれば不満だらけで落第な夫であった。

1444298.jpg昭和世代な私はまたそれが当たり前だと思っていた。そんな状況に不安を感じた娘が「お母さんはお父さんと出かけたら喜ぶと思うよ。言葉には出さないけど」と娘と二人だけの時言われた。私は妻に母親の様に甘えていた事を今更思い知った。

還暦を過ぎ子供たちが独立した家に2人。今は休日が合えば2人で出かける事が多くなった。妻の運転でドライブに行き些細な事でも笑い、家では会話も増えた。

そんな様子に娘からラインが来た。「この所ラブラブだね」と。娘が私に気づかせてくれたお蔭。老後も妻とお互いを敬い仲の良い夫婦で過ごして行こうと心に誓った。こんな鈍感な私を支えてくれるのは妻以外にはいないから。

(60代・男性)
posted by ファミリー・プロミス at 12:35 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

料理講習会

094168.jpg昭和三十年代始めのある日、母は割烹着を着込んで、近くで開かれた料理講習会に私を連れて行った。当時母は幼い私を抱えて共働きの身、多忙な毎日だったが、料理講習会に出かけるとは、母の人生を振り返っても、この日一回限りである。

覚えているのは鯨の酢の物。鯨肉とキュウリ、大根、人参をゴマと酢味噌で和えたあっさりした一品で、母と一緒に、多くの見知らぬ参加者と賑やかに試食した事を覚えている。鯨肉の、舌にザラザラした感触は子どもには珍奇で印象深かった。あのでっかい鯨を想像すると不思議で妙にうれしかった。

当時まだ途上国だった日本、食材も今ほど豊富ではない。大多数の日本人は贅沢を知らず質素に暮らしていた。若い母は、鯨という目新しい素材のレシピに引かれてか、子連れでも勇気を持って料理講習会に参加したのだ。鯨の酢の物は、その後家族の人気メニューとなり、父は酒の肴に好んだ。

時代は移り鯨肉を店頭で見ることはほとんどなくなった。あの料理は我が家では幻になってしまった。もう一度、あの鯨の酢のものを食べたい。料理してみたい。もし目の前に鯨の酢の物を出したら、母は遠い日を思い出してくれるに違いない。

(60代・女性)
posted by ファミリー・プロミス at 12:30 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

義父の思い出

897623.jpg古希が来るまで勤めていた義父。その後、同居の私たちの孫とよく遊んでくれたほか、母の菜園を手伝う日々が続いていた。

それでも何とか外に出る機会をうかがっていたのだろう、週末にテニスに出かける私たちのアッシーくんをやろうじゃないかと申し出てくれた。午前の部の練習場へ、昼食後はまた別の練習場へと、そのたびきちんと運んでくれた。

ところが慣れてくるほどに迎えの時間が早くなり、金網フェンス越しだが、練習風景をしきりに眺める様子が見られるようになった。そのうち動作を真似し出す。ストロークやサービス、それにスマッシュはもちろん、ちょっとしたステップまでも。日が経つうちに動きもスムーズになってゆく。真面目な機械職人の根を持つだけに念入りに見える。

お待ちどうさま、の声に顔つきが変わるのでそれと分かり、夫と共に上達ぶりを褒めてやるといかにも嬉しそうに相好をくずす。そのうちに天候を気にするようになり、練習中止とわかるといかにも残念という表情を見せるようになった。

有り難いが気の毒のようにも見えるので、そんな日は一日孫と遊んでもらい、母ともに夕食を振る舞った。それもこれも今は懐かしい思い出になった。

(60代・女性)
posted by ファミリー・プロミス at 12:25 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月01日    ※イラストはイメージです

ふ、す、ま!

1531637.jpg夕食中、5歳の息子が突然言った。

「ふ、す、ま!」

一体何事かと思ったら、息子が指差す先に畳屋さんの広告があった。広告にはでっかい赤字で「たたみ、ふすま」と書いてある。

息子が文字を読んだのはこの時が初めて。自ら字に興味を持ち、読んだことに感激した。当人の誇らしそうな顔!

息子が文字にも数字にも疎いことに気がついて早数カ月、夕食後にトランプやかるたで楽しみながら文字に親しみを持たせようと奮闘した日々が報われた瞬間だった。

とは言え、「ふ」と「す」と「ま」の3文字は本人や家族の名前に使われている文字。目にする機会が多い字である。

まだまだ私と息子のひらがなの旅は始まったばかり。

興味さえ持ってくれればスポンジのように吸収出来る頭の柔らかさには目を見張るが、そもそも興味を引くのに毎回苦労する。

焦らず息子のペースで吸収出来るよう、母はサポートしようと思う。

(30代・女性)
posted by ファミリー・プロミス at 07:31 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月12日    ※イラストはイメージです

父の足

1237877.png父の足クサは閉口モンでした。父が同席する夕食は私にとっても母にとっても苦痛の種。テーブル下から臭ってくる、あの臭いは、母の手作り料理の全てを台無しにする強烈さでした。

しかし、臭いを発散する当の本人の嗅覚にはいっこうに届かないらしく、「何が臭いねん、どこが臭うねん」と大きな足を自分の鼻先に抱え持ってきてクンクンしても平気な父でした。

でも私も母も、一生懸命仕事して疲れて帰ってきている父に、そうそう責めることはできません。いつも笑いを半分交えて、でも心中では困り果てて、大騒ぎの食卓を演じていました。

今思えばそんな夕食風景も懐かしい遠い思い出になりました。今や、父の足からは全く臭いが消失したのです。妙に寂しくなったのも否めません。

父の足でワアワア騒いでいた頃は、父も母も生活力にあふれ、生命力がみなぎっていました。心身ともに新陳代謝豊かな両親がいました。

父の足を時々撫でさすります。そして長い長い年月が経過したことをしみじみと思うのです。

(60代・女性)


posted by ファミリー・プロミス at 13:11 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
Copyright © ファミリープロミス    ほっ!と一息家族エピソード All Rights Reserved.
当サイトのテキストや画像等すべての転載転用・商用販売を固く禁じます
Designed by カエテンクロスSEOテンプレート