「ほっ!と一息家族」エピソード - ファミリープロミス    ほっ!と一息家族エピソード

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2019年05月11日    ※イラストはイメージです

諦めない

 昭和初期の母が着ている可愛いセーターやアップリケの付いたスカート、帽子は祖父の手作り。祖父は器用だった。

 植木の知識はプロ級で、盆栽も剪定も手がけた。さつま芋に朝顔の花を咲かせたり、いろんな植物の接ぎ木をした。フクロウやメジロを捕獲してきて私に観察の機会を与えてくれた。昆虫採集なんか、さっさと手伝ってくれた。新聞紙を煮つめて粘土様にしてくれ、粘土細工を楽しんだことも。夏の昼寝用ハンモックも作ってくれた。

 日本自体が貧しかった時代にあって、祖父は工夫の人であり、大いなる知恵の持ち主だった。仕事の合間に大工もこなし、神棚、ごみ箱、縁台、卓袱台、水屋と何でも作ってしまった。

 母がいまだに興奮気味に語るのは、祖父が自動車まで作ってしまった事。子どもの母を乗せて走ったという。村人は感嘆し、大勢が見に来た。母はその車で学校まで送ってもらい、大騒ぎになって恥ずかしかったという。世が世なら、マスコミに取り上げられ一躍有名人になったことだろう。

  祖父の好奇心は果てしなかった。私が生まれる前には、役者の経験もあり、女形姿の写真はまっこと美しい。

 幼ない時に見た祖父の大学ノートには英単語がびっしり並んでいた。学歴はないのに、不思議と英語ができた。英単語の一つ一つを、幼い私に教えてくれた記憶が蘇る。

 そんな祖父が脳卒中で倒れ、身体の自由を奪われ、言葉もうまく発声できなくなったのは六十代半ばだったろうか。今の医学と違い、リハビリもない。動かしてはダメという時代。話好きで、毎日のように近所の人々を招いて、南部鉄瓶でお茶をもてなしていた祖父。言葉をなくした悲しみはどんなに大きかったことだろう。おまけに体も動かない。祖父は言葉が伝わらないはがゆさを笑いに変えていた。本当はとても辛かったはずなのに、私達まで一緒になって笑ってしまうこともあった。

 そんな体になっても、やりたいことが頭を駆け巡っていた。時折、床を這い出して杖をつきながら、気の遠くなるような時間をかけて縁台を作り始めた。家人がやめるよう言っても、ただ笑いながら、不自由な手足で危なっかしく作業を続けていた。1年もかけて、素晴らしい縁台が出来上がった時、家族は感動して言葉がなかった。祖父はへらへら笑って、自ら作り上げた縁台に腰を降ろした。言葉が喋れていたら何と言っただろう。「ほら見ろ、心配するな。こんな体でもできるんだ」・・。

 祖父の体調は徐々に悪化していったが、震える手で、自伝を書き始めた。その字は年々読みづらくなっていき、とうとう鉛筆を持てなくなった。その後は私が口述筆記をしたが、聞き取りだけで時間を費やし、祖父にとっても私にとっても根気のいるものだった。祖父の人生記録は、明治から大正と移った辺りで中断した。もう口述すらできなくなっていたのだ。

 祖父は79歳で眠るように亡くなった。教えてくれたことは、あくなきチャレンジと好奇心、いつも前向きなこと。寝たきり生活10年余りでも、笑顔の方が多かった。そして最後まで何かをやり続けた。諦めなんて、祖父の辞書にはなかったのだ。

(60代。女性)
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スマホデビュー

477892.jpg ついに私がスマホデビューした。娘がスマホを買い替える時、妻が同行しガラ携からスマホに買い替えた事で、家族でガラ携は私だけとなった事やガラ携のカメラも壊れた事から私もスマホに買い替えた。

 子供たちがラインでスタンプやら写真など色々送ってくるがパソコンだとどんな長文でも容易い私が馴れないせいかラインを10文字返信するのに5分もかかるので、ラインを返す煩わしさを感じていた。

 そんな時娘が私のスマホに沖縄旅行や箱根旅行の写真や動画を転送してくれた。楽しかった旅行の想い出、記憶が蘇る。こんな機能も付いているのか。自由自在にスマホを操る子供たちに負けないように私は現在スマホと友達になれる様努力を続けている。

 呼びかければ「何でしょう?」答えてくれるし携帯電話、パソコン、スマホと時代ごとに便利な世の中になった。このスマホにはこれから家族の楽しい想い出がどれだけ記憶されるのだろうか?カメラとアルバムを同時に持っているようで今から楽しみである。

 昭和、平成、令和と年号も変わり私も時代に乗り遅れない様に頑張っていこう。

(60代・男性)
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作戦にかかったかな

562075.png タブレットに動画が入ってきた。孫が子供自転車にまたがり颯爽と漕いでいる。かなりスピードが出ているはずなのにふらつきがない。あれ、それに補助輪も見当たらない。そうか、補助輪なしで乗れるようになったことを爺婆に見せたくて送ってきたのか、と思った。

 車の来ない道を繰り返し往復している。そのうち音楽が入り、孫の顔のアップも入り出す。どうだとばかりに微笑んでいるのが頼もしく見える。けれどサドルは大分下げられている。安全を配慮した親の心遣いが透けて見えて微笑ましい。

 爺婆の子どもの頃は子供用自転車などまだなく、いやあっても高くて買えなかったことから、大人の自転車を三角乗りしたものだが、後ろをしっかり押さえてもらうなどして人の手を借り、練習に相当な日時を要した記憶がある。

 このあとサドルを上げ、片手運転などできるようになると、もうひと回り大きなものが欲しくなってくるのだろう、と思い始めた動画の終わりごろ、メッセージが入ってきた。次の自転車もお願いね、ですって。やっぱりと思うと同時にまあいいかと思って爺を見ると、爺もしっかりとそして何度も頷いていた。

(60代・女性)
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2019年04月29日    ※イラストはイメージです

よかったじゃない、人助け

442229.jpg 娘から電話がきた。近所の仲良し主婦さんから早朝連絡があり、都合が悪くて行けないから代わって行ってくれない?と。三歳の息子が毎朝9時に坂の下の市道脇に立ってバスに手を振るものだからそこまで手を引いて連れて行って、というものだった。

 そしていつもの時間のバスが来ると手を振り出す。すると振り返してくれる乗客もいたそうで、微笑ましい光景と映ったという。上り下りで四台ほど、時間にして三十分ほどで戻ったが、「かっくいかった」と言って満足な表情を見せてくれたという。よかったじゃない、人助けよ、と褒めてやると、たった一日だったけど、自分の子も同行させたのでその後バスに手を振るようになったほか、ショベルカーなどの工事用車を乗せたトラックになると激しくって、と言う。

 好きなことが広がったのね、それもいいじゃない、と続けてやると、さらに「かっくいい」の言葉も真似して言うようになって、というので、それもいいわね、新しい言葉を覚えられて。子供の成長期にはいろいろあるわよ、と言ってやると少し安心したらしく電話が切れた。

 思わぬことがきっかけの新たな体験の一つ、子供には微笑ましい出来事と思った。

(60代・女性)
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お隣さんの引っ越し

387381.jpg お隣さんが勤務地移動の為、引っ越しをする事となった。3軒続きの新築の一軒家を購入して8年目。娘さんが生まれ可愛くなってきたなと思ったら、8歳の娘さんも両親と一緒に引っ越しの挨拶に来た。飴をやっただけなのに「やったー」と喜ばれ最後にハイタッチをして別れた。本当に愛嬌のある娘さんだ。

 お隣さんが帰った時、何か無性に寂しい。大雪が降った日、私の娘と息子が庭にカマクラを作った。そのカマクラに娘さんを招待し大喜びした笑顔が今でも忘れられない。挨拶の日仕事で不在だった妻も引っ越し当日バームクーヘンを手土産にお隣さんとの別れを惜しんだ。また遊びに来ますと言ってくれた。今度会うときはお互いに環境が変わっていると思う。

 私にも可愛い孫ができ、あの可愛い娘さんもさぞや美人になっている事でしょう。4月は別れの季節とは言え仲良くしていたのに別れは寂しい。新年号が発表された日に引っ越し。私が仕事から帰ると引っ越しは終了し家に灯りはなかった。引っ越し先で幸多かれを祈る。

(60代・男性)
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母の服を着ています

 私が身につけているものの多くは母のお下がりか、通販で買ったもの。22歳の年齢差がある母が選んだ服やバッグでも、何ら遜色はない。おしゃれね〜、といわれるのが常。洋服、バッグ、アクセサリー、帽子に至るまで母のお下がりを持っている。

 母がそもそもおしゃれで、大の買い物好き。いらなくなったら私に回って来るから、私は買い求めることもないのである。サイズが合うのでありがたい。母親の服を着ていると気づく人はまずいない。どこで買ったの、と聞いてきて真実にびっくりされる。

 最近は通販が充実していて、買い物きらいの私も、これなら気兼ねなく買い物を楽しめている。それにしても、私の買い物きらいのルーツはどこにあるのだろう。祖母も買い物をしない人だった。祖父は母と同じく大の買い物好きだった。はたして私は祖母の隔世遺伝かしら。

513137.jpg 買い物好きの母は幼い私をよく買い物に連れて行った。喜んで同行したものだが、だんだん子ども心にも苦痛になってきた。何しろ母の買い物は長い。選ぶ時間も歩く距離も。商店街を端から端まで、デパートなら上へ下へと1日中過ごす。帰宅したら私も母も足が棒になって疲労困憊。そんな日の絵日記をいくつも描いた記憶がある。

 母と娘の同行買い物風景は中学時代まで続いた。母は今も洋服の買い物が好き。回数はめっきり減ったが、体調のいい時には一緒に出かける。押し車で洋服の間を見て回る母はもうすぐ卒寿。

(60代・女性)
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2019年03月09日    ※イラストはイメージです

娘の誕生祝いでの食事会にて

 今年も雛祭りがやってくる。私が仕事から帰宅すると娘の雛人形が綺麗に飾ってあった。その隣に妻の雛人形が申し訳なさそうに置いてあった。もう50数年前の雛人形。大分年季が入ってきたが妻には愛着があるのだろう。娘の誕生日は3月2日。雛祭りの1日前に娘は生まれた。

458975.jpg 3月1日に娘が帰省して当日夜会社の寮に帰るので一日早い誕生祝いをした。息子は社会人となり初めて姉の誕生日。奮発してブランド品の財布を姉にプレゼントした。私は娘の為に手巻き寿司の材料を準備した。幼いころの娘は「じじ、いくらのお寿司が食べたいの」と私の父にいくら寿司をねだり、寿司屋で食べさせてもらっていた。その後病気で寝たきりになった親父だが、その時が親父には一番幸せな時間だっただろう。

 帰省すると私の両親の仏壇に線香をあげる娘。私の両親の葬儀で一番悲しんだのは娘だった。良い祖父母だったんだろうな。

 夕食は家で手巻き寿司で誕生祝いを兼ねた食事会が開催された、息子の提案で「お父さんの失敗体験」がテーマとなり家族から私の失敗エピソードが出るわ出るわ、間抜けな失敗ばかりで赤面したが皆は大爆笑。楽しいからまーいいか。笑いながら娘がいくらの寿司を食べる姿を見ると、娘の隣で親父も楽しそうに笑っている気がした。

(60代・男性)



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みなさんご一緒に

 娘の家族が帰省した時の食事時が楽しい。四歳になったばかりの孫が席に着くと、娘が「さあ」と催促する。ところがいつもと違い爺婆が増えているので照れ臭いのか、よそ見するなどしてなかなか始めようとしない。

572382.png 様子を見て「ああ、お腹がすいた」と爺が言うとチラ見し、やがて気を取り直したように顔の前で両手を合わせたかと思うと「みなさんご一緒に、いただきます」とやると、一同「いただきます」と唱和し食事を始める。どうやら幼稚園でも当番制でやっているのを自宅でも取り入れているようだ。

 二日目もなかなか始まらないので爺が「みなさんご一緒に、ごちそうさま」と茶化すと、「爺、違うよ」と指摘して始める。終わると今度は「ごちそうさま」ということになるが、こちらはとてもスムーズにやるのが不思議に思える。

 「いただきます」には、三度の食事がきちんととれるということ、食べ物の命をいただくということ、育ててくれたお百姓さんに感謝するということ、が込められていると母から教えられたことなどが脳裏に浮かび懐かしい。三日目になると余裕が出てきたのか顔つきや言葉まで凛としてやり出した。そうこなくっちゃと思いつつ褒めると、当たり前という表情でいるのがなお頼もしく見える。

(60代・女性)

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819348.jpg 長年父と一緒に暮らしてきて、まともに顔を見ることもなく、二人っきりになると妙に気まずくて、窮屈な空気を感じるのが常だった。二人いるところに母が来るとホッとして3人で話が弾む・・そんなふうだった。

 仕事一筋だった父、一代で築いた会社。立派なことで、心から尊敬している。仕事ゆえに、幼い頃から家族での食事も会話も少なくて、私の心がいつのまにか父から離れていたのかもしれない。

 でも歳月は人の心と役割も変えていく。元気の固まりだった父が、病気のデパートみたいになってからは、心配で心配で目が離せなくなった。今はちょっとでも一緒にいたい。大好きなゴルフもお酒もない生活になってもう15年。食事も歩行も全て緩慢になった所作に、老いと病の残酷さを思う。大好きなカラオケも歌えない小さな声になってしまった。私を怒鳴った大きな声が懐かしい。

 父を助手席に乗せて、病院に送迎したり、用事で付き添う時間は幸せ。そして政治から芸能までいろんな話もする。ちっとも気まずくなんかない。じっと顔を見て話もする。長い確執の年月なんて、簡単に消えてしまった。これが家族、親子の不思議、偉大さだろうか。

 私達父子の時間を思いっきり心にとどめてしっかりとかみしめていたい。豊かな暮しと自由な時間をたくさんもらったお返しをする。病と精一杯闘っている父を大事に見守っていく私。

(60代・女性)
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2019年02月09日    ※イラストはイメージです

神頼み

852811.jpg この所妻と娘は神社巡りが趣味となった。つい先日も妻と娘の休みが重なった事から、娘の運転で2時間半もかけて有名神社に行ってきた。娘は良縁、妻は金運を祈願してきたそうだ。つい最近買った御朱印帳がもうじき最終ページを迎える。これだけ神様にお願いしているのだからそろそろ後利益があってもいい頃だが。二人ともなかなかその兆候は見えない。

 でも信じる者は救われる。妻の金運はどうあれ、娘の良縁は私も願う。熱々カップルの弟にあれだけ煽られれば24歳でそんなにあせる必要のない娘もあせるよな。でも私が見ても優しい娘だからいつかはきっと運命の人と出会えるだろう。その時は私がちょっとやきもちを焼きそうだろうけど、ま〜しょうがない。

 私も今年は厄年なのでいつか厄除けにいかなければ。仕事も恋愛も絶好調な息子以外は我が家はみんな神頼み。神様今年も家内安全よろしくお願いいたします。

(60代・男性)
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2019年02月08日    ※イラストはイメージです

そうだ、本物を

934462.jpg 「ガタンゴトン、ガタンゴトン」目を覚ますや居間にやってきて連結させた車両を動かしながら孫が声を添えている。線路は絨毯のへり沿い、動かす姿は横に寝そべりながらだ。「プシュー、ゴトンゴトン、プシュー。駅ー駅ー」長細い空箱を駅に見立てて置き、箱に沿って車両を停車させた上で「お早くご乗車ください。間もなく出発します」と声を上げる。

 「本物みたい」と婆が褒めてやると、爺も「男の子にとってはたまらない遊び。自分もやっていた覚えがある。だたし線路は畳のへりで、車両は木製だった」と言って記憶を呼び覚ます。やがて娘から「ご飯よ」と声をかけられるが、止めようとしない。とうとう車両を取り上げられ食卓まで連れて行かれる。

 食事の間に爺が段ボール箱を使って簡単な屋根付きの駅を作ってやると、食事を終えてきた孫は歓声を上げ、さっそく両側に車両を停車させて満面の笑みを浮かべている。孫の故郷には列車が走っていないせいもあるが、それにしてもこの夢中振りに驚く。しかも連ねた車両は銀色に青い横線の入ったJRのものだ。ようしそれならバスひとつで駅まで行けるし、本物を見せ、乗せてやろうと思った。

(60代・女性)

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2019年02月07日    ※イラストはイメージです

故郷力

9-0936f.png 故郷を離れて70年近い両親。それでも故郷への愛着はひとしおで、春、夏の高校野球が始まる頃には、今年はどこが選ばれるかとわくわくしている。

 母は野球なんてさっぱりわからず、プロ野球にも関心がないのに、高校野球の季節になると故郷が近く感じられるのか、うれしそうだ。故郷県勢が出る時だけは楽しみにしてずっとテレビを見、ルールもわからないのに一喜一憂しているのだから可愛くなってくる。そして両親互いに話が弾む。70年近く住む今の町より、故郷を応援しているのだから、「故郷力」って凄いなあと感心する。

 特に生まれ故郷に近い高校だとさらに力が入る。さてさて今年も春の高校野球が近づいてきた。故郷県が強いと両親も幸せになる。だから私も両親の故郷県にエールを送る。両親の楽しみが長く続くようにと、勝利を重ねていくのを祈りつつ、心から応援する私。

 話題が盛り上がる高校野球の季節を、みんなで心待ちにしている。

(60代・女性)
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2019年01月28日    ※イラストはイメージです

初めての収穫

1237732.jpg 庭でやっている小さな菜園のミニ大根やカブが成長し、元気を見せる葉はおろか地上にひょっこりと白い胴体も見せるようになった。そこでちょうど帰省中の孫に抜かせてはどうかと耕作者の爺から提案があり、やってみようということになった。

 早速長靴姿で菜園に入ってかがみ込み、「ほれ、これ」と爺が指さす成長株を引っ張る。最初はコツが飲み込めず葉だけむしるようになったが、「ほれ、ここ」と箇所を指定し爺が手を添えて力の入れ具合を教えると、見事に抜けた。

 すると珍しそうに眺めたあと手でかざして見せ笑顔でポーズをとる。そこをすかさずパチリとパパが写真に撮る。要領を覚えると一人で抜き始め、そのたびにかざして見せる。拍手が起きているところをまたパチリ。賑やかな収穫祭になった。

 十本ほど抜いたところで、食べきれないからということになり終わった。「どうだった」「たのしい」、「上手に抜けたね」「うん」、「みんなで食べようね」「おいしいよ、これ」などと会話も弾む。

 三歳で収穫体験とはうらやましい限りだが、育てている爺にお礼を言おうねとママから教えられると近寄って行き「ありがと、じいじ」と頭を下げる。体験の場とともに教育の場でもあると思った。よい時間になったと思った。

(60代・女性)
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家庭円満の秘訣

1054068.jpg 妻は自分の価値観をルールとして家族に押し付ける癖がある。そのために職人気質な息子と意見が対立する事が多々ある。そんな時は私がいつも調停役を務める。私の実家は父が妻と同じく自分が法律の如く家を仕切っていた事で、家の雰囲気が暗かった。そんなことから、妻が父の様にふるまえば自然と私が母親役となる。

 私は一人っ子で育った為に子供に甘い傾向にある。そんな事から夫婦の役割が逆転した様にも見受けられる。子供を育てるには厳しい父親と優しい母親の両輪で愛情を持って育てれば、子供は道を間違える事なくまっすぐに育つ。夫婦2人共強い父親だと子供は委縮してしまうし、2人が優しい母親でも子供は甘え社会では通用しなくなってしまう。

 私も定年前の会社では厳しい管理職として部下から一目置かれていたが、環境が変われば変われる物である。仕事以外は家事、家計を一切妻に任せ昼行燈でいる私だが、妻には決められない重要な決定事項やトラブル解決の時は私が家長の役目をする。それが我が家の家庭円満の秘訣である。

(60代・男性)
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父のカツラ

012086.jpg 父が大事そうに箱を抱えて帰宅したあの夜の『騒動』は、今も鮮やに蘇るが、ちょっと心が痛む。「何が入ってるの」と聞いてもニヤニヤして答えない。中身を取り出した時、私と母は叫んだ。カツラだった。ヘラヘラ笑っている母娘をおいて父は隣室に消えた。

 数分後に現れた父を見て、母娘は抱腹絶倒。突然若返った父が立っていたのだ。笑いが収まった時私達は言った。「気持ち悪い」。父は残念そうにカツラを脱いだ。一瞬にして五十歳を目前にした父が戻った。「ダメか」と父が呟く。「今からカツラにしたら落差が大きすぎる」「一旦かぶったら、もう脱げないよ。帽子みたいなわけにはいかないよ」「社内旅行の時どうすんの」「風吹いても大丈夫?」。母と娘は言いたい放題。父はしぼんでしまった。

 父が人生でも最大と思える勇気を出して誂えた超高級カツラは、人目に触れることなく、頭に乗せたのは、後にも先にもその日の数分だけだった。人知れず禿げた頭を悩んでいたことを思い知らされた夜。笑い転げたことを後に悔やんだ。

 あれから40年余り。真白になったわずかの髪を、毎日いたわるようにときつけている。頭は顔に馴染み、年々いい顔になった。

 父はあのカツラをどこへやってしまったのだろう。あの日の照れた父、若返って現れた父を思い出す。今更詫びの言葉は言えないけれど、笑い飛ばして悪かった。その父は91歳を生きている。

(60代・女性)
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2018年12月09日    ※イラストはイメージです

結婚の足固め

 息子の婚約者の就職が内定した。公務員試験に合格して来年からは県の職員となる。実の子供2人の就活は、希望する会社の業務内容が子供時代の将来の夢と一致して実習に通い人柄と熱意が認められ会社からスカウトされた形で入社できたのでドキドキ感は一切なかったが、今回は難関な公務員試験なので結果が心配で仕事中も心ここにあらずだった。

953952.jpg 息子が仕事から帰宅すると満面の笑みだった事で結果は聞くまでもなかった。息子も合格の嬉しさを爆発させていた。翌日彼女が我が家を訪れ「無事合格しました。応援してもらいありがとうございました」と挨拶された。私の息子にはもったいないほど出来た娘さんである。娘さんの御両親も息子との結婚は認めてくれている。この娘さんなら私譲りな我儘で気難しい息子を上手に操縦できると以前から確信していた。

 なんせ妻の旧姓と同じ苗字。私の苗字も珍しいが妻の旧姓も珍しい苗字。私と妻が出会った様に2代続けて珍しい苗字同士が結ばれるのも運命かな。息子は結婚に備え給料から毎月貯金をしている。仕事も上司に信任を得て日に日に男として責任感がでてきた。

 来年こそは結婚したいがまず彼女の仕事が落ち着いたらと考えている様だ。まだ22歳、強い絆で結ばれてるなら慌てる必要もない。息子も先日猛勉強して国家試験を受験した。就活と試験も終わり今が2人の一番楽しい時だろう。私たち夫婦の長所、短所をアレンジして理想の家庭を築いて欲しい。

(60代・男性)
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たまご

 卵がパックで売られるようになったのはいつごろからだったろう。

 子どもの頃、卵屋さんにはもみ殻の上に卵が並んでいた。そして必ず電球がぶら下がっていた。客が選んで差し出した卵を、店主は1個1個丁寧に電球にかざし、卵の中身を検査していた。「一体何が見えるのだろう」。幼い私はいつも興味津々だった。店主がそんな『儀式』を行っている間、母は黙って見守り待っていた。「悪い卵じゃないか調べてくれているのよ」と教えてくれた。

 儀式が終わると、店主は、三角折りした新聞紙の中に、一個一個丁寧に入れて、最後に包み込んで手渡す。こんな包装でも卵が割れたことはなかった。母は新聞に包まれた卵を大事に市場かごに入れた。

767111.jpg 私はこの『儀式』を眺めるのがすきで、母と買物に行く時には「今日は卵買うの?」といつも聞いていた。あの頃卵は貴重品。せいぜい買っても数個。

 帰宅して市場かごから卵の入った新聞紙をそっと取り出す母。そしてその日は卵料理が食卓に上がる。冷蔵庫もない時代だから即使う。

 卵を電球にかざしたら、私には懐かしい昭和30年代が映し出されてくる。

(60代・女性)


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プレゼントは同じ本で

 下の孫のお誕生日が近いはずと思い電話をすると、やはりそうだった。何がいい?と聞くと、本人に相談してみるということになった。待っているとお兄ちゃんから連絡があり、「ばあばが贈ってくれるものなら何でもいい」ということだった。

949678.jpg 却って悩みは深くなる、と思いつつ、ついでだからとお兄ちゃんならプレゼント何がいいかな、と聞くと、すかさず「ぼくならじいちゃんがぼくの歳のときに読んでいた本」ときた。なんて気が利いたことを言う孫、と思った。

 電話を置いたあと考え込んだ。じいちゃんならずとも私がそう言われたら何の本になるのかな、だった。記憶を巻き戻してみた。「ぐりとぐら」がすぐに浮かんだが、これはわが娘に読んであげた本だ。なら「ももたろう」や「かさじぞう」になるのかなと思ったが、何となくどうかなあと思わせる。

 そうだ、行って見るしかない、と思い、久しぶりに本屋に出かけた。出会った友人から「本がいいなんて言う孫、素晴らしいじゃない」と言われた。さあ、力を入れて探さなくてはと思った。嬉しい悲鳴の一種と思った。何冊か贈ってやろう、でも読んであげるママの方も大変だな、とちょっぴり思った。

(60代・女性)
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2018年11月30日    ※イラストはイメージです

見えないことと見ないこと

623582.png先日の人間ドックで両目の視力を計ってもらったら、0.1以下と言われた。メガネを外すと、本当に見えないなあとは思っていたが、ここまでとは。

そこで、視力回復を目指して、『視力がどんどん良くなる』本を購入したり、遠くの緑を見るようにしている。遠くの緑を見るようになって、メガネを外して生活する時間が増えてきた。子供の幼稚園の送り迎えは運動を兼ねて徒歩で行く。その時もメガネを外し、なるべく遠くを見ている。

今では仕事と運転の時以外はメガネを外して生活している。視力が良くなってきたかと言えば、残念ながら全く実感はない。しかし、嬉しい副産物があると気が付いた。

あまり細かいものを見ないということは、部屋の隅にたまったほこりや、他人の目を気にしすぎなくてよい。なんとなく向こうが頭を下げているようなら、それに合わせて頭を下げるし、通り過ぎる人の反応を気にせず、誰かれなく挨拶することができる。

視覚の情報が少ないと、自分の殻に閉じこもって、心置きなく妄想にふけられる。つけっぱなしのテレビも、メガネを掛けてでも見たい情報は、ほとんどないことに気が付いた。

と言うわけで、メガネを外す生活が定着してきた。長年かけてきたメガネがないと、友人は最初驚くが、「若く見えるよ!」と概ね好評だ。これで少しでも視力が回復してくれれば、万歳である。

(30代・女性)
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2018年11月07日    ※イラストはイメージです

30年ぶりのラブレター

10月25日は結婚記念日。以前は仕事から帰宅し子供たちから突然「おめでとう」と祝福されても、私は結婚記念日だった事も忘れ「給料日ってそんなにめでたい日?」と言ってしまい妻や子供たちに呆れられた恥ずかしい過去もある私であったが、今年は事前に息子にプレゼンを頼んでおいた。

息子から娘に「お父さんのプレゼントでお母さんが喜ぶものは何?」と相談を受けた娘が「お父さんもやっと成長したね」と感心されつつ妻に喜ばれるプレゼントを用意した。

publicdomainq-0012589tsi.jpg結婚記念日当日、明日仕事が休みで夕食時帰省した娘が「結婚記念日おめでとう」と書いてあるケーキを持参して祝ってくれた。妻は「ありがとう。でもお父さんは絶対忘れてるよね」と私の方を見た時、満を持してそのプレゼントを渡した。

今回のプレゼントにはいつもと違い私の妻への感謝を込めた手紙もいれておいた。だが記念日が過ぎ何日経っても妻から手紙の事は何にもふれてこない。「おかしいな。読んでいないのかな?」と思い妻の寝室に行くと義母の遺影のそばに大事そうに私の手紙がしまってあった。

今まで恥ずかしくて言えなかった言葉を妻が受け止めてくれていた事がうれしかった。夫婦って他人同士なのに何でこんなに絆で結ばれているのだろう?今まで当たり前だと思っていた事が本当はすごく有難い事だったと、この年齢になってやっとわかった気がした。

(60代・男性)
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