「ほっ!と一息家族」エピソード - ファミリープロミス    ほっ!と一息家族エピソード

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2017年11月08日    ※イラストはイメージです

結婚25周年

024198.jpg 今年10月25日私たち夫婦は銀婚式を迎えた。初めて妻と出会った日が昨日の様に思える。二人の子宝にも恵まれ幸せな毎日が遅れているのもみんな妻のおかげ。

 私の両親の介護問題。定年まじかで私の不摂生からきた心臓病の影響で管理職として定年まで勤め上げる予定だった会社を去年初旬体調を崩し退職。暫く静養し現在は健康も回復し非正規として再就職したが年収は管理職時代の半分以下。

 結婚20周年あたりから決して順風満帆な生活が送れなかったが、妻は黙って私に付いてきてくれた。妻のサポートで私の心配事も両親の諸問題ばかりで家族の心配をした事がなかった。子供も素直に育ってくれた。本来なら感謝の印に妻が憧れた海外で家族揃って銀婚式を祝いたかったが諸般の事情から、また我が家の稼ぎ頭娘主催で銀婚式を祝った。

 私の大好きな沖縄にいるのかと思わせてくれる店の雰囲気に酔い、家族の笑顔、娘の心配りが嬉しく本当に楽しい銀婚式だった。息子も来年は就職だ。今度の金婚式には娘の家族。息子の家族もそろい大人数で祝いたい。その為にも健康には気をつけて夫婦ともに楽しい老後が過ごせるよう頑張りすぎず働き続けていきたい。

(50代・男性)
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菓子パン

 幼い頃、我が家にはうれしい習慣があった。朝食が2カ月に一回くらい、菓子パンになる。そんな朝は、母と一緒に菓子パンを買いに行く。

906010.jpg 店はごく小さかったが、今でいうコンビニだろうか。昭和三十年代の始めである。主に野菜を売っていたが、小さなショーケースに、多くはない菓子パンが並んでいた。あんパン、クリームパン、ジャムパン、チョコレートパン・・当時は今のベーカリーみたいに種類はない。全種類を揃えて、紙袋にどっさり入った菓子パンを抱えて帰るうれしさが思い出される。

 菓子パンの朝食なんて、手抜きのように思えるがそうではない。母はパンの一つ一つを切って、おいしそうな切り口を見せて大きな皿の上に上手に盛り付けた。朝一番の菓子パンはふわふわしていて、中身の香りがおいしそうに漂ってくる。菓子パン朝食を皆大満足でぺろりと平らげた。贅沢な朝食なのだ。

 俳人の坪内稔典さんが大のあんパン好きで、1年に四百個は食べている、と何かで読んだ。正岡子規も毎日菓子パンを食べていた甘党だったらしい。森鴎外も、饅頭を御飯に置いてお茶漬けしたというびっくりするような逸話の持ち主だ。明治人間達の想像を絶する甘党ぶりに驚かされる。

 そういえば、祖父も自らぜんざいをよく作っていて、「辛いくらい甘い」味だった。饅頭もよく頬張っていた。今生きていたら豊富な菓子パンによろこぶことだろう。

 今は両親とおやつタイムに時々菓子パンを頬張る。遠い日を思い、重ねた年月を噛み締めて・・・。

(60代・女性)
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できたね、ごあいさつ

 よそったご飯を食卓に運んでは「どうじょ」、みんなが揃うと手を合わせて「いただきます」、終わると「ごちそうさま」と手を合わせる。「どうじょ」以外はまだ上手に口に出せないでいるが、仕草はできている。二歳児の孫はママから挨拶を仕込まれている時期のようだ。

 が、家族だけでなく、他人にもできるのかなと思っていた。その日天気が良いから出かけようということになった。門扉を開けると「どうじょ」と言い、みんなを送り出すときちんと閉めることまでする。

084685.jpg ちょうどそのとき、郵便配達の方がバイクでやってきた。「郵便です」と言われ束を渡されると、「いつもありがとうございます」と礼を言い頭を下げた。すると孫も私の前に進み出て、ちょこんと頭を下げる。すると郵便配達の方が孫の方を見つめ「どういたしまして」とタイミングよく受けてくれた。孫は恥ずかしがってこちらを向いたが、よくできたと言って頭を撫でてやった。

 「ごくろうさま」とかける言葉を背に配達の方は去って行ったが、ママがよかったね、と声をかけると孫は笑みを見せ「どういたちまちて」と真似た。やった、という達成感のようなものを小さな体に受けとめたのかもしれない。改めてありがとうとつぶやき、さあと孫を促した。

(60代・女性)
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2017年11月01日    ※イラストはイメージです

お土産に込められた優しさ

315983.jpg 先日、次男が修学旅行に行ってきました。一泊二日の旅行でしたが、次男以外の息子、娘達が賑やかにしていても一人いないだけで親としては寂しいものです。
「ただいまー」
「おかえりー」
 次男の帰りを待ちわびていた家族全員の声が家中のあちらこちらから聞こえてきます。帰りを待っていた思いは皆同じだったようです。
 さて、居間に入ってきた次男は、何やら大きな紙袋を持っていました。その中身は、なんと
「もみじまんじゅう4箱!」
「えー何でおまんじゅうばっかり買ってきたの。他に買うものなかったのかな?」と言いそうになりましたが、ぐっとその言葉を飲み込んで次男がなぜこんなにもたくさんのおまんじゅうを買ってきたのか想像してみました。
 すると次男が、
「あんこが入っているものとカスタードが入っているもの買ってきたよ」
と嬉しそうに話してくれました。実は、長女と三男はあんこが苦手で食べれないのです。
「そうか、みんなのことを思ってこんなにたくさん買ってきてくれたんだね。優しいな。ありがとう」
 妻と私からは、ほぼ同時に同じような感謝の言葉が出てきました。
「自分のお土産は買ったの?みんなのものを買って自分のものは何も買えなかったんじゃないの?」
「これといって欲しいものなかったし大丈夫だよ」
そう言いながら照れ屋の次男君は部屋を出ていきました。
 お土産に込められた次男の優しさをかみしめながら家族みんなで特別なおまんじゅうを味わいました。

(40代・男性)
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2017年10月13日    ※イラストはイメージです

秋祭り

先日、実家の秋祭りに家族で参加しました。
実家の座敷に並べられたたくさんのご馳走、祖父母からのプレゼントや大勢のいとこに囲まれ、楽しそうにはしゃぐ3人の我が子…。
私たち夫婦は、その様子を見てほくそ笑んでいました。
はしゃげるのも、今のうちだよ…と。
賑やかな昼食が終わり、13時を過ぎたころ、いよいよその時がやってきました。
数人のいとこはすでにそわそわしています。我が子も6歳の長女だけは去年までの恐怖が蘇り、仲のいいいとこと隠れる場所を探しています。
3歳の双子の男児は、何もわかっていません。去年まではちょうど昼寝の時間にかかって、見ていないのですから。
その時、庭の方で
「うおー!」
と言う雄叫びをあげて、竹の棒を引きずる音が聞こえました。時々、竹の棒で軒下や庭をたたいている音も聞こえます。
「とうとう、やってきたね!」
旦那と目配せしました。この時を待っていたのです。
774396.jpg嫌がる双子を抱きかかえて、赤い天狗のお面を付けた鬼(番内)と対面させました。
案の定、恐怖におののく子供たち。怖すぎて泣くこともできないようでした。
対面した番内は優しくて、頭をそっとなででもらった二人は、番内が去った後でも放心状態でした。
だんだん自我が芽生え、わがまま放題になってきた双子の男児。これ以降、「鬼さんくる?」が口癖のようになっています。
「鬼さんに言うよ」「鬼さんが来るよ」と言うと、わがままがピタッと止まります。子育てが、少し、楽になりました。
子供のトラウマになるとか、親のエゴだという人もいるかもしれませんが、私自身がそうやって育ってきました。
残り少なくなってた日本の古き良き伝統を、彼らの脳に残してあげられたのではないかと思います。
また、来年も参加します。

(30代・女性)
posted by ファミリー・プロミス at 16:11 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

家族になって6年

 私は24歳で結婚して現在30歳。旦那様は2歳年上の頼りない旦那様です。結婚してから今も何をするにも私の確認を取り、言わないと何もやらない、そんな人です。25歳で長女を出産し、産後のホルモンバランスの崩れも手伝って次第にケンカも多くなりました。娘の世話は全くせず、休みになれば友達と遊びに行くか、地元に帰って旦那の実家で寝泊まり。こんなことなら一緒にいなくても…とよぎる事が多々ありました。

 娘が成長するにつれて、娘がパパを受け入れ始めました。そのときから少しずつ、子育てをしてくれるようになりました。これまで休みの日はフラフラと遊びに行くような人だったのに、1時間くらいなら娘を預けていけるくらいにまで成長してくれました。

692603.jpg 今現在は次女も産まれて、女子に囲まれながら肩身の狭い思いをさせています。ですが、夜パパが帰ってくると「パパー!お帰りー!!」「パパ大好き!」と娘たちが出迎えにいくのをみると本当にホッとするし、夫婦を続けてきて、この人を信じてきてよかったと思います。

 毎日、遅くまで働いてくれる旦那様と2人の可愛い娘達に感謝いっぱいです。いつもありがとうパパ(^^♪これからも末永くよろしくね!

(30代・女性)
posted by ファミリー・プロミス at 15:34 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

40年前の父の言葉の意味

image.jpg 先月、妻と就職が内定し大学の寮を退寮し家から大学に通う息子が意見の相違から冷戦状態となった。最後の学生生活をエンジョイする為、帰宅時間の遅さが原因だが、妻には妻の言い分。息子には息子の言い分もあり、おたがい頑固なだけに互いにひかず家の雰囲気も暗く、長期戦の様相を呈してきた。

 初めは静観していた私だが、妻が2階の寝室に行き、息子と二人だけになり意固地になっている息子に語りかけた。「お母さんは自分の妻であり、お前は私の息子だ。どちらにも肩入れする訳にいかない。中立の立場でお前の意見を聞こう。何が不満かお父さんに総てぶちまけろ」と言うと成人を過ぎた息子に対し妻がなにかにつけ干渉してくる言動に多大な不満を抱えていた。

 私も妻の息子に対する干渉は行き過ぎていると思うこともあり、「もう大人なんだから心配し過ぎだ」と何回か話したが、母親の目線から見れば心配する気持ちは当然。私も息子と同年代時代の経験を話し息子に同調し気持ちをほぐした上で、親になれば子供の事をどれだけ心配するか話した。

 私も父親と対立した時「お前も親になれば分かる」と寂しそうにつぶやかれた事も話した。2時間ほど息子と真剣に論議した。論議後はまだ納得がいかない様子だったが、数日後に妻に積極的に話しかける息子がいた。

 私の誕生日の日に息子が珍しく手紙をくれた。「あの日の論議で自分は大人になった。20年間いろいろな事を教えてもらった。なんだかんだ言ってもお父さんの事を本当にリスペクトしている。」と書いてあった。

 私の言った言葉を理解してくれ最高の敬意を払ってくれた息子の気持ちがうれしかった。私と娘はA型。妻と息子はB型。娘も家に帰ってくれば妻の気持ちを和ませてくれる。慎重派と直情派だがバランスの取れた良い家族だと思った。

 今更だがあの論議のお蔭で親父の私に言った言葉も理解する事ができた。

(50代・男性)
posted by ファミリー・プロミス at 15:14 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

名刺

 色褪せ、しみが浮いた名刺が一枚ある。今は存在しない旧住所、字体の一部は旧字だ。名刺の主は今88歳の母。

 何年か前、母が整理中に出てきた。私はもらって名刺入れに収めた。

 私が小学校に登校してから母は出勤し、帰宅すると母はもう帰宅していた。だから、母の不在感は全くなかった。

775992.jpg 地味でおとなしくて口下手な母がどんな仕事ぶりだったのか、と思う。今で言うパートタイマーだったが、会社ではいい地位にいたようだ。実直な人柄の成果だろう。

 おしゃれには無縁だったが、五十を過ぎておしゃれに目覚めた母。人生後半でやっと人生の楽しみを知った母。母の名刺を眺めると懸命に働く若い母が見えてくる。まるで過去を蘇らせる水晶玉みたいに。

 羽のように軽い色あせた名刺は、母の重くて辛かった時代の象徴。だから私のお守りにする。

(60代・女性)

posted by ファミリー・プロミス at 13:21 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

家にいてよかった

 暮らしの音というのがあり、人それぞれに生活のリズムを刻む。昔なら、朝の牛乳配達の瓶の触れ合う音、納豆売りの声、夕なら豆腐売りのラッパの音などだ。

362139.jpg 今はどうだ。改めて耳を澄ませてみる。朝は新聞配達のバイクの音、昼は大型ごみ収集のマイクの声、夕は郵便配達のバイクの音などだ。加えて今日はタッタッタの足音。すぐにピンポーンとチャイムが鳴る。門扉まで行くと宅急便の女性が息を切らせて立っている。

 「ご苦労様、お若いから軽快ね」と言うと「いいえ、間に合わないので」と返ってくる。笑顔が小気味よい。「ここらはどこも門扉が閉まっているから大変でしょう」と言うと「いいえ、防犯第一ですから」。「小気味よい足音は近所でも評判」と伝えると「励みになります」。自分にもこのように素直な若い頃があったなと一瞬思う。

 終わると水道とガスメータの検診の方がほぼ同時に車でやってきて門扉を開け閉めする音が響く。それぞれ対応する。この時間いつもなら散歩か買い物に出かけている。たまたまだろうがこの日この時間に集中した。留守番が慣れない夫でなくてよかったと思うと同時に家にいてよかったと思う。

 それにしても暮らしの音、されど暮らしの音と感慨がちょっぴり巡るのであった。

(60代・女性)


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2017年10月11日    ※イラストはイメージです

献血を通して健康の大切さを実感

kenketsu2.png 私はちょっとしたきっかけで、20代から献血を行うようになりました。先日も職場の近くに献血車が来ていたので献血を行いました。

 それがちょうど100回目でした。受付で手続きをすると、今日はちょうど100回になりますね。今まで本当にありがとうございました。これからもしっかりと健康管理をされながら献血を続けて下さるようお願い致します。

 そう言われて少し照れくさい反面、健康であることの素晴らしさを実感しました。確かに高血圧や糖尿などで薬を服用していれば協力したくてもできません。幸い私は、学生時代はソフトテニス部で社会人になっても地元のクラブに所属し、50歳ぐらいまで運動をしてきました。

 タバコもフットワークが悪くなるとコーチから言われ、全くタバコを吸わなかったことも結果として大変良かったと思います。

 子供達が小学生の頃は良く家族で献血ルームに行きました。子供達は待合室で本を読んだりジュースやお菓子をいただいたりしながら私が終わるのをただ待っているだけでしたが、献血ルームの雰囲気を楽しんでいました。

 そんな二人の女の子も一人は看護師を目指すようになり、現在は大学病院に勤務しています。

 献血と言う一つの小さな行為でも様々な事情で手術や治療を余儀なくされた方のお役に立っていると思うと健康な限り今後も続けて行きたいと思います。

 小さな奉仕活動ではありますが、輸血を必要とされている方がたくさんいる現在、改めて献血の重要性を知っていただくと同時に、多くの方に協力をお願いしたいと思います

(60代・男性)
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2017年09月22日    ※イラストはイメージです

ぼくがやったんだよ!

594382.jpgあっ、また出しっ放しにして!
部屋にはたくさん散らかった漫画。
私はさっそく怒る準備をしました。

長男は最近いつもやりっぱなし、出しっ放し。
一年生になったのにまだちゃんと片付けられないのだろうか。
私はゴミ拾いおばさんじゃない!
と戦闘態勢にはいりました。

「ねぇ、漫画はちゃんと片付けて!」
強い口調で言うと長男はびっくり顔。
いそいそとばつが悪そうに片付けを始めました。

すると、次男がやってきて
「にぃちゃんじゃなくて、ぼくがやったんだよ!」
つたない日本語で私に堂々と立ち向かってきたのです。

まだ字の読めない次男。漫画は明らかにお兄ちゃんが読んでいたものでしたが、
守らなきゃ!とでも思ったのでしょうか。
私はそのかわいい姿に思わずぷぷっと吹き出してしまいました。

すると次男もしたり顔。
年がすこしだけ離れていることもあり
うまく遊べなかったり喧嘩することも多いけれど、やっぱり兄弟なんだなとおもったエピソードです。

(30代・女性)
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笑いが耐えない家族

370927.jpg 結婚して2年。佐賀から埼玉に嫁いだ私はホームシックとは無縁で毎日楽しい日々を送っています。何故なら義父母さんが本当の娘の様に可愛がってくれるからです。今では、主人が仕事の時は一人で実家に行き3人でお昼ご飯を食べながら色んな話しをします。端からみると嫁とは思えない程の会話が飛び交いいつも笑いがたえません。私にとっても大事な存在でいつも感謝してます。いつまでも長生きして欲しいです。

(30代・女性)
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母の写真

 今年母が永眠した。私の書斎に穏やかな顔の母に私が肩をかけ二人だけの最後の写真が飾ってある。写真嫌いの私だが虫の知らせか、なぜか妻に撮ってもらった。妻も毎日母の仏壇に炊き立てのご飯を供え線香をあげ花も替えてくれる。生前私しか子供がおらず女の子が欲しかった母は私より妻を自分の子供の様に可愛がっていた。

819223.jpg 妻も家族と母、義母の旅行を自分で何度も計画しては熱海、横浜など実家にいるときは旅行などしたこともなかった母を大いに喜ばせてくれた。海をみては感激して、美味しい料理を食べては喜んでいた母。生前親孝行ができたのもみんな妻のおかげ。

 仲が良かった母と義母。今は二人の母は天国で再会していると思うけど想い出話に花を咲かせているだろうな。今も可愛がっていた2人の孫の進路や成長した姿を書斎の穏やかな母の写真に語りかけている自分がいる。

(50代・男性)

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父を救った3つの携帯電話

 16年位前。父は仕事のためひと足先に車でホテルを出た。私と母は30分後に出て、車で帰路についた時、夫から電話。「父さんが胸が苦しいと電話してきた。車を止めて休んでいるらしいが、場所がはっきりしない」。私は真っ青になってすぐ父に電話した。父が電話口に出たのでまず安心した。

「大丈夫?どこに止めてるの」。父は、蚊の鳴くような声で聞き取りにくく、要領を得ない。その内電話は切れてしまった。母に再度父に電話するように言うが、動転して電話をかけられないでいる。夫から電話。「場所はどこ」「わからないのよ、そっちから電話して」。夫からの連絡を待ちつつ車を走らせる。雨で視界も悪い。ヘアピンが続く。

 夫から電話。夫にはわかりにくいようだが、私には何とか見当がついた。もう一度父に確認の電話をする。息も絶え絶えに話す言葉を聞き取り、やっと場所がわかった。折り返し夫に電話して場所を伝える。夫も車で父の元に急いでいる。父にまた電話する。「今行くから、しっかりして」。父の声は一層小さく不安が募る。

 救急に電話すると、父が停車しているらしき場所は管轄外ということで、電話を回された。やっと電話がつながり、事態を伝える。そしてまた父に電話。「今救急車が向かっているから。夫も向かっているから。頑張って」。父は何もしゃべらない。不安で私の心臓は張り裂けそう。何より母までがぐったりして、私は運転しながら気が気でない。

 山を下りると交通量が多くなり思うように進まない。その時前方に救急車が見えた。サイレンを鳴らし、父の元に向かっているに違いない。早く行ってあげて。

419750.jpg 救急車が止まり、父の車も見えた。私が着くと既に父は救急車に乗り込み、夫は救急車より早く到着していたようだ。父はすぐ近くの病院に搬送された。軽い狭心症だったようで、午後には退院できた。

 大騒動したが、携帯のありがたさを痛感。両親に携帯電話を持たせて半年後の出来事だった。以来、携帯電話は老父母にとってお守りのような存在で、外に出る時はまず携帯という習慣が確立した。

(60代・女性)
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大奥

212996.jpg先日、ショッピングセンターですれ違った方を見て、あっと思い出した。すらりとした抜群のスタイルと、潔いショートカット。6年前に1度だけお会いしたベビーマッサージの先生であった。

その日は生まれて間もない長女と、まだ子供を抱くのすら戦々恐々としていた夫を引き連れて、公民館の催しのベビーマッサージに参加した。

「パパによるベビーマッサージ」と銘打ったその催しで、先生の優しく丁寧な教えによって夫と子供が大いに触れ合うことができた。これをきっかけに夫は子供と言う未知の生物に恐れることよりも愛おしさが込み上げてきたようだった。

その後自宅でも度々教わったマッサージを実践し、乳児期の長女と育児初心者の私たちにとってかけがえのない触れ合いのきっかけを提供してもらったと記憶している。

しばし、先生の美しい横顔を眺めながら、昔の、拙いながらも一生懸命だった自分たちに思いを馳せていた。

今朝のことである。その長女が
「ねえ、お母さん、大奥ってなに?」と聞いてきた。
どうやらテレビで見たらしい。

「一人のお殿様に、お嫁さんがいっぱいいることでしょ。そのお嫁さんの集まり。」と薄い知識の私が答える。

娘「えー、意味が分からない」
私「あなたにお父さんは1人、お母さんが10人くらいいるってこと」といい加減に答えたら、
娘「えっ!(絶句)10人のお母さんに怒られるの!ヤダ!」
私「・・・」

彼女のなかでは「お母さん」イコール「怒る」なんだなあ、とちょっと悲しく、またそんなに怒られることばっかりしないでよ、と思ったエピソードだった。

いづれにせよ、あれから6年。すくすくと成長した娘は思いもよらない返答で、いつも家族を明るい笑いに包んでくれている。
(30代・女性)
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2017年09月15日    ※イラストはイメージです

蜘蛛の糸の蝉取り

124003.jpg 子どもの時、夏休みの宿題が苦手だった。絵日記、作文はまだよかったが、工作には苦労した思い出しかない。高学年にもなるともう押し花や折り紙で、というわけにはいかなかった。そうだ標本をと思い、蝶々をつかまえようとしたがだめだった。

 親に相談すると、トンボも難しい、けれど蝉ならと父が言い、手伝ってくれることになった。さっそく針金で丸い輪をつくり竿の先に縛ったあと、蜘蛛の巣をくるくると絡めとって輪を覆った。止まっている蝉の背中に輪を押し付け、蜘蛛の糸のネバネバで逃げられないようにして捕まえるというものだった。しばらくすると使い慣れた。種類もたくさん取れたので、名前を調べたりし菓子箱を利用し標本にして提出した。

 すると、男の子のより素晴らしいと褒められたのだが、手伝ってもらっていたからこそばゆくもあった。先生に正直に話すと、工作は家族間の輪づくりを促すのもねらい、と言い、つたなくも添えた解説も褒めてくれた。

 勇気をもらった私は放課後しばらくはあの蝉取りを持って級友たちと蝉取りに行った。男子は竿を振り回して捕まえようとし、逃がすたびおしっこをかけられる女子は逃げ回った。賑やかだったが、とても楽しかった夏の思い出である。

(60代・女性)
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父の活躍

毎年、環境汚染からの異常気象が、増々多くなっていることが気懸りです。幸い我が家には直接の災害が及んでいないことを家族で感謝しております。

635169.jpgしかし、今年、異常としか言えない【ゴキ】の発生に戦々恐々としています。
  
引っ越しして丸4年、今までほとんど見ることはなかったはずなのに、今年梅雨明けと共に、次々と遭遇しています。ベランダ、台所、ついには寝室まで・・・。

妻と子供たちは、キャー、キャーと大騒ぎ!
そして、黒いものがサッと動くと【ゴキー】とビビりまくりです。

普段は可愛らしい妻も人格が変わってしまいます。ハエ叩きでギタギタに叩く姿に、私がキャーと言いたかったです・・・(笑)。

【ゴキ】を物ともしないお父さんの姿に株が上がり、ヒーローです!

現れる度にヒーローを呼んでくれるのは有りがたいですが・・・

「きれいに!」と警告されているようで、遭遇の後は、いつもみんなで大掃除です。

(40代・男性)
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2017年08月19日    ※イラストはイメージです

就職内定

129771.jpg息子の就職が内定した。当初研修受け入れも難しい企業と担任に言われたようだが、息子の熱意に押され学校側が企業に働きかけてくれ研修に行ける事となった。

息子が子供の頃より憧れていた仕事。研修中に実践的な技術をアドバイスしてもらっては家に帰って「本当に凄い技術だ。この企業で働けたら最高」と感動しながら話していた。

企業研修が終わり学校にその企業から求人が1名来た。息子が緊張しながら指定された面接日に行くと「求人1名とは実は君の事なんだよ」と社長に言われ、面接に行った時点で就職は内定していた。研修中の真摯な姿勢が社長を始め他の社員からも好感をもたれ、面接中社長から「君は将来絶対に必要な人材、その為に初任給を多めに設定して君を待っていたんだよ」と言われ満面の笑みで面接から帰ってきた。

これで息子も子供の頃から憧れた仕事に就ける。夏休み中は企業実習。今はすでに皆から仲間として受け入れてもらい社員と同じ仕事をさせてもらっている様子。家に居れば私と同じでまったく頼りないが、外にでればしっかりできる所は父親である私に似ているのかなと思い嬉しくなる。

娘も弟の就職内定が嬉しかったようで娘主催で内定祝いをいつもの店で家族全員で祝った。

息子よ。がんばれよ。

(50代・男性)
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褒め上手

442755.jpg三歳になったばかりの長男。ほめ上手である。

私が髪型を変えるのは勿論、お気に入りの服を着ていたり、化粧品を持っているだけで、
「お母ちゃん、それ可愛いね」と気が付いて褒めてくれる。

夫である父親に対しても同様で、
「お父ちゃん、かっこいいの持ってるね」などと褒めてくれるらしい。

にくいのが、自分でもちょっとだけ褒めてほしいポイントが分かっているようで、最近新しくしたもの、気に入っているもの、ちょっとだけこだわっているものに限り、褒めてくれるのである。だから、ただ新しいだけの、お気に入りじゃないモノに対しては、何も言わない。

もちろんまだまだ語彙の少ない、しかも男子。意図して言っているわけではないのがまた、正直な感想のようで嬉しいのである。

先日、長男と共にプールに行った。
長男から見ればみんなお姉さん、おばさん世代ばかりのプールで、どんな世代の女性であっても、
「あ、可愛いお姉さんが来た」と言う。しかも、本人に聞こえるくらいの声で。

10代の女の子はそうでもないが、20代、30代、それ以上の世代の女性も、こう言われると嬉しいらしく、たちまちプールの人気者になった。

長男といると、何でも楽しい空間になるから不思議である。

(30代・女性)
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もうすぐ70年

 応接間に、両親の写真がいくつか飾られている。

045204.jpg 信州の雪の中で佇む両親のスナップ写真を、二人はいたく気に入ったので引き延ばしてあげた。母はそれを額に入れて飾った。また旅先で、平安時代の旅人女性の装束に変身した私と母のツーショットもある。父が叙勲を受けた時に、夫婦でプロに撮ってもらったという記念写真は、特大の立派な額に納まっている。

 応接間は他にも大小の写真が置かれていて、客人の座持ちのネタになっているようだ。

 中でも見るたび胸にこたえるのは、写真館で撮ってきた両親の金婚記念写真。母が文金高島田、父が紋付き袴。母の頭は黒髪のカツラに真っ白な角隠し。扇子を手にした二人の姿に、ほほえましい思いと共に、かすかにほろ苦さを感じる。

 戦後の貧しい日本で、結婚式もままならなかった無念さが、50年間ずっと心残りだったようだ。波風もあったが、50年を超えて連れ添ってきた記念に私が知らん間に撮影してきたのだった。初めて見る両親の結婚写真。照れ笑いして、まんざらでもなさそうな両親。角隠しが重かったと報告する母。

 あれからまた年月は流れ結婚60年のダイヤモンド婚も超え、あと数年で、その語彙もない「70年婚」が近づいてきた。

 ありがたいことである。長寿の両親に感謝感謝。

(60代・女性)
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