
もぎたての桃はジューシーで何とおいしかったこと。兄のように慕い、大人になってもお兄ちゃんと呼んで慕っていた叔父が六十二歳で急逝したのは、桃がおいしい季節だった。「この桃おいしいなあ」と夕食後の桃を至福の表情で口にしたのが最期の言葉だったという。その一時間後、叔父は逝った。
訃報に駆けつけたあの日、叔父の部屋で携帯電話が叔父の大好きな歌の着メロで呼んでいた。主が出ない電話に次々と打ち合わせのメッセージが入る。明日のこと、来週のこと・・。もう叔父には来ない時間なのに。携帯電話が思いのほか哀しみを増幅させた。
叔父がいなくなって桃の季節が寂しくなった。桃の香りは記憶の扉を開き遠い日を招き入れてくれる。故郷の山、祖父母の姿、若い叔父に遊んでもらっていた私。将棋をして、いつも上手に負けてくれた夏の日の縁側。あの時も傍らにガラス皿に乗った桃があった。おにいちゃん、また桃の季節が来たよ。
(60代・女性)
【「ほっ!と一息家族」エピソードの最新記事】