
数分後に現れた父を見て、母娘は抱腹絶倒。突然若返った父が立っていたのだ。笑いが収まった時私達は言った。「気持ち悪い」。父は残念そうにカツラを脱いだ。一瞬にして五十歳を目前にした父が戻った。「ダメか」と父が呟く。「今からカツラにしたら落差が大きすぎる」「一旦かぶったら、もう脱げないよ。帽子みたいなわけにはいかないよ」「社内旅行の時どうすんの」「風吹いても大丈夫?」。母と娘は言いたい放題。父はしぼんでしまった。
父が人生でも最大と思える勇気を出して誂えた超高級カツラは、人目に触れることなく、頭に乗せたのは、後にも先にもその日の数分だけだった。人知れず禿げた頭を悩んでいたことを思い知らされた夜。笑い転げたことを後に悔やんだ。
あれから40年余り。真白になったわずかの髪を、毎日いたわるようにときつけている。頭は顔に馴染み、年々いい顔になった。
父はあのカツラをどこへやってしまったのだろう。あの日の照れた父、若返って現れた父を思い出す。今更詫びの言葉は言えないけれど、笑い飛ばして悪かった。その父は91歳を生きている。
(60代・女性)
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