ファミリープロミス    ほっ!と一息家族エピソード

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2019年07月13日    ※イラストはイメージです

オリンピックチケット当選

 オリンピックのチケット応募に私以外の家族は祈りを込めスマホに応募していた。私はスマホの操作が不慣れで娘に依頼した。種目も娘任せ。私は混雑している所が苦手なので正直言うと無関心。チケットの当落発表も家族は待機者多数だが待ち続けたが皆応募したチケットは落選した。息子は当たれば奇跡だとラインで怒りを爆発させていた。

 一番無関心な私は、当然待機者多数の当落発表も待たず落選は確実だろうと思った。そんな私のスマホにメールで当選通知が来た。え一番無関心な私が当選?目を疑ったが確かに当選通知であった。総て落選し落胆する家族に私のチケット当選を伝えると「一番興味のない人に当たるんだね」と妻から言われ、息子はまさかの奇跡に「やった一生の想い出だ」と喜んでいた。

 息子が購入手続きを済ませチケット代金も支払ってくれた。これで家族4人オリンピックを生で観戦できる。

 当初無関心だった私も家族が喜ぶ姿を見て興奮してきた。もうじき息子も結婚し独立する。これが最後の家族旅行となるだろう。私の当選は神様の悪戯だろうが、世界を代表する選手が熱戦を繰り広げる4年に1度の大会。一生の想い出にしたい。

(60代・男性)
posted by ファミリー・プロミス at 17:06 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

役立ちあい

 門柱の郵便受けを覗いていると、顔見知りの主婦が通りかかった。目が合うと「主人が定年退職し、その後ずっと手持無沙汰にして家でごろごろしていて困る。健康にも良くないし、どうしたものか」と話しかけてきた。悩んでいるようでも一種ののろけ話だろうと思い、聞いてあげればすっきりすると思っていた。

 ところが一区切りすると「お宅ではどうか」と真顔で尋ねてきた。「朝起きるのがもともと早いので朝食づくり、家庭菜園、風呂掃除そして朝食の具材の買い物かな」と話すと、「それでは私の仕事が半分になってしまう」と言いながら玄関先の落ち葉の話を口にした。せめてそれくらいの片づけはやって欲しい、と言いたいらしい。

 「そうね」と言いふとわが家を顧みると、垣根を含めいつもすっきりしている。すぐに夫のおかげと思った。口にださずともさりげなく手をかけ気持ちよい環境を整える。そういう暮らしの在り方もあってよいと思った私は「他に目に見えないところでやってくれているものがあるのでは」と投げかけてみた。

 すると思い当たることがあったのか「そうね」と言い少し落ち着いた表情を見せた。ふと「役立ちあいね」と口にすると「それそれ」と言い、「話し合ってみる」と笑顔を見せた。よかったと思った。

(60代・女性)

posted by ファミリー・プロミス at 17:03 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ビッグなプレゼント

 生命保険に関心はなかった。日本人の90%以上が生命保険に加入しているというデータがあるが、私は人ごとだった。死ぬ事や病気になったことを想定すること自体、縁起でもないから考えたくない。それに体には自信があった。入院なんてすることもないだろう。

 ところが、我が意に反して30代半ばに突然の入院を経験してしまった。十日間の入院生活。退院時に計算書を見た時はびっくり。

 帰宅すると父が言った。「保険がきくだろうよ」。そうだった。思い出した。この入院の一年前、父から思わぬプレゼントがあった。それは「いつまでも若くないぞ」と言われて手渡された私の終身保険証書。入院手術特約が付いていた。私はありがたく頂戴したが、証書を念入りに見ることもなく引き出しの奥にしまい込んでいた。必要とするのは遠い先のことだと・・。

 父が贈ってくれたこのプレゼントのお蔭で、大いに助かった。感謝でいっぱいになった三十年前の秋。今の私は年々体力に自信がなくなり、今になって年々このビッグな父からの贈り物の存在感が増している。

(60代・女性)
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2019年06月08日    ※イラストはイメージです

親孝行な娘

 妻不在の時間、娘から相談があった。「母の日にお母さんを旅行に連れて行きたいけど、どこが良いと思う?」。そこで私は妻と初めて宿泊した温泉を提案した。伊豆にあり海と露天風呂が融合した想い出の温泉。子供が生まれてから一度も行っていないのでお母さんも喜ぶと思う。その提案を娘は受け入れ早速旅行会社に行き予約を入れてきた。
 「お母さんには内緒でね」と娘が言う。「本当に親孝行な娘だね」と私が感心すると「私も行きたいから」と娘は照れた。旅行当日は妻に行き先を知らせないサプライズ旅行。妻はどこに行けるのか楽しそうだった。辿りついた場所は私と初めて宿泊した温泉。娘が招待してくれた事に妻は感無量だった。
 仕事が定年となったら私も行きたい。若き頃の想い出に浸りながらゆっくり温泉を妻と楽しみたい。
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助かる、もらい上手な方

 「周りがもらい下手な人ばかりで困る」と娘が電話で嘆いていた。「好みがあるから」と応じても、「そうは言っても」と諦めきれない様子。子が生まれた家への服のお裾分けの話だった。それから数か月後猛暑が続く中、出かけられないから家でやることを見つけないと、という話題の中で、トマトなど種から苗を育て移植しながら手間かけてやっている話をすると「それいいかも」ということになった。
 小さな菜園なので苗が余っていると話すと口を合わせたように頂戴と言う。実は処理に困っていたので手を上げた三人に早速あげると口コミで数人から要望があったので応じた。どの家もプランターでするので数本ずつだったが大分片付いてホッとしたとき、もらい上手な人たちに囲まれていてよかったと思った。
 小さな苗とはいえ生き物、それが余ったからといって簡単に捨てられないのが昭和に育った私たち。ちょっぴり人助けをしたような気持ちにもなり、ようしこの次もという気が湧いて励みにもなっている。そうか、もらい上手ってこうして人を幸せにするものなのか、と思い、この間のこと確かに、と娘に電話し肯き合った。
posted by ファミリー・プロミス at 13:05 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

栗饅頭

 洋・和菓子とも多様になった今、栗饅頭はちょっと地味な存在かも。楕円形ながら栗そっくりの色と光沢の栗饅頭を見ると、遠い日が蘇る。             
 当時母には独身のSさんという親友がいて、月に1回は訪ねてきた。小学校から帰宅して玄関に素敵なハイヒールが並んでいたら、「あ、栗饅頭が来てる」と思ったものだ。
 案の定、キッチンには栗饅頭の箱が置いてある。私の気配を察知して、母よりも早くSさんが呼ぶ。「お帰り。お邪魔してますよ。栗饅頭一緒に食べましょう」。母が顔を出し、栗饅頭を客室に運ぶ。そして3人一緒に栗饅頭を頬張る。
 Sさんの手土産が栗饅頭以外に変わることは、一度もなかった。
 母とSさんの家を訪ねたことがあった。Sさんが帰宅するまで彼女の母親が応対してくれたが、その時「あの子はいつも栗饅頭をお持ちするでしょう。本当にすきなんですよ。どこに行くにも栗饅頭で、たまには変えなさいと言うんですが」と言うので、私はおかしかった。
 Sさんはいまも栗饅頭を元気に頬張っているかしら。栗饅頭を見るたび若い母やSさんが思い出されてくる。
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2019年05月11日    ※イラストはイメージです

諦めない

 昭和初期の母が着ている可愛いセーターやアップリケの付いたスカート、帽子は祖父の手作り。祖父は器用だった。

 植木の知識はプロ級で、盆栽も剪定も手がけた。さつま芋に朝顔の花を咲かせたり、いろんな植物の接ぎ木をした。フクロウやメジロを捕獲してきて私に観察の機会を与えてくれた。昆虫採集なんか、さっさと手伝ってくれた。新聞紙を煮つめて粘土様にしてくれ、粘土細工を楽しんだことも。夏の昼寝用ハンモックも作ってくれた。

 日本自体が貧しかった時代にあって、祖父は工夫の人であり、大いなる知恵の持ち主だった。仕事の合間に大工もこなし、神棚、ごみ箱、縁台、卓袱台、水屋と何でも作ってしまった。

 母がいまだに興奮気味に語るのは、祖父が自動車まで作ってしまった事。子どもの母を乗せて走ったという。村人は感嘆し、大勢が見に来た。母はその車で学校まで送ってもらい、大騒ぎになって恥ずかしかったという。世が世なら、マスコミに取り上げられ一躍有名人になったことだろう。

  祖父の好奇心は果てしなかった。私が生まれる前には、役者の経験もあり、女形姿の写真はまっこと美しい。

 幼ない時に見た祖父の大学ノートには英単語がびっしり並んでいた。学歴はないのに、不思議と英語ができた。英単語の一つ一つを、幼い私に教えてくれた記憶が蘇る。

 そんな祖父が脳卒中で倒れ、身体の自由を奪われ、言葉もうまく発声できなくなったのは六十代半ばだったろうか。今の医学と違い、リハビリもない。動かしてはダメという時代。話好きで、毎日のように近所の人々を招いて、南部鉄瓶でお茶をもてなしていた祖父。言葉をなくした悲しみはどんなに大きかったことだろう。おまけに体も動かない。祖父は言葉が伝わらないはがゆさを笑いに変えていた。本当はとても辛かったはずなのに、私達まで一緒になって笑ってしまうこともあった。

 そんな体になっても、やりたいことが頭を駆け巡っていた。時折、床を這い出して杖をつきながら、気の遠くなるような時間をかけて縁台を作り始めた。家人がやめるよう言っても、ただ笑いながら、不自由な手足で危なっかしく作業を続けていた。1年もかけて、素晴らしい縁台が出来上がった時、家族は感動して言葉がなかった。祖父はへらへら笑って、自ら作り上げた縁台に腰を降ろした。言葉が喋れていたら何と言っただろう。「ほら見ろ、心配するな。こんな体でもできるんだ」・・。

 祖父の体調は徐々に悪化していったが、震える手で、自伝を書き始めた。その字は年々読みづらくなっていき、とうとう鉛筆を持てなくなった。その後は私が口述筆記をしたが、聞き取りだけで時間を費やし、祖父にとっても私にとっても根気のいるものだった。祖父の人生記録は、明治から大正と移った辺りで中断した。もう口述すらできなくなっていたのだ。

 祖父は79歳で眠るように亡くなった。教えてくれたことは、あくなきチャレンジと好奇心、いつも前向きなこと。寝たきり生活10年余りでも、笑顔の方が多かった。そして最後まで何かをやり続けた。諦めなんて、祖父の辞書にはなかったのだ。

(60代。女性)
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スマホデビュー

477892.jpg ついに私がスマホデビューした。娘がスマホを買い替える時、妻が同行しガラ携からスマホに買い替えた事で、家族でガラ携は私だけとなった事やガラ携のカメラも壊れた事から私もスマホに買い替えた。

 子供たちがラインでスタンプやら写真など色々送ってくるがパソコンだとどんな長文でも容易い私が馴れないせいかラインを10文字返信するのに5分もかかるので、ラインを返す煩わしさを感じていた。

 そんな時娘が私のスマホに沖縄旅行や箱根旅行の写真や動画を転送してくれた。楽しかった旅行の想い出、記憶が蘇る。こんな機能も付いているのか。自由自在にスマホを操る子供たちに負けないように私は現在スマホと友達になれる様努力を続けている。

 呼びかければ「何でしょう?」答えてくれるし携帯電話、パソコン、スマホと時代ごとに便利な世の中になった。このスマホにはこれから家族の楽しい想い出がどれだけ記憶されるのだろうか?カメラとアルバムを同時に持っているようで今から楽しみである。

 昭和、平成、令和と年号も変わり私も時代に乗り遅れない様に頑張っていこう。

(60代・男性)
posted by ファミリー・プロミス at 00:21 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

作戦にかかったかな

562075.png タブレットに動画が入ってきた。孫が子供自転車にまたがり颯爽と漕いでいる。かなりスピードが出ているはずなのにふらつきがない。あれ、それに補助輪も見当たらない。そうか、補助輪なしで乗れるようになったことを爺婆に見せたくて送ってきたのか、と思った。

 車の来ない道を繰り返し往復している。そのうち音楽が入り、孫の顔のアップも入り出す。どうだとばかりに微笑んでいるのが頼もしく見える。けれどサドルは大分下げられている。安全を配慮した親の心遣いが透けて見えて微笑ましい。

 爺婆の子どもの頃は子供用自転車などまだなく、いやあっても高くて買えなかったことから、大人の自転車を三角乗りしたものだが、後ろをしっかり押さえてもらうなどして人の手を借り、練習に相当な日時を要した記憶がある。

 このあとサドルを上げ、片手運転などできるようになると、もうひと回り大きなものが欲しくなってくるのだろう、と思い始めた動画の終わりごろ、メッセージが入ってきた。次の自転車もお願いね、ですって。やっぱりと思うと同時にまあいいかと思って爺を見ると、爺もしっかりとそして何度も頷いていた。

(60代・女性)
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2019年04月29日    ※イラストはイメージです

よかったじゃない、人助け

442229.jpg 娘から電話がきた。近所の仲良し主婦さんから早朝連絡があり、都合が悪くて行けないから代わって行ってくれない?と。三歳の息子が毎朝9時に坂の下の市道脇に立ってバスに手を振るものだからそこまで手を引いて連れて行って、というものだった。

 そしていつもの時間のバスが来ると手を振り出す。すると振り返してくれる乗客もいたそうで、微笑ましい光景と映ったという。上り下りで四台ほど、時間にして三十分ほどで戻ったが、「かっくいかった」と言って満足な表情を見せてくれたという。よかったじゃない、人助けよ、と褒めてやると、たった一日だったけど、自分の子も同行させたのでその後バスに手を振るようになったほか、ショベルカーなどの工事用車を乗せたトラックになると激しくって、と言う。

 好きなことが広がったのね、それもいいじゃない、と続けてやると、さらに「かっくいい」の言葉も真似して言うようになって、というので、それもいいわね、新しい言葉を覚えられて。子供の成長期にはいろいろあるわよ、と言ってやると少し安心したらしく電話が切れた。

 思わぬことがきっかけの新たな体験の一つ、子供には微笑ましい出来事と思った。

(60代・女性)
posted by ファミリー・プロミス at 23:28 | 「ほっ!と一息家族」エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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